落選作に多い人物造型4パターン
「これは駄目だ」と思う人物造型
新人賞を受賞するには、主人公および主要登場人物のキャラクターが立っていなければならない。
これは、新人賞を受賞してプロ作家としてデビューしようと切望しているアマチュアの共通認識として、あると思う。
ところが、その内容を突っ込んで精査してみると、とんでもない勘違いをしているアマチュアが非常に多いことに驚かされる。
「もっと前進して」と注意すると、「わかりました」と言って、一生懸命に後退するようなことをやる。
これがグラウンドなら、日本語が理解できる限り前進と後退を間違えるようなことは有り得ない。
ところが新人賞狙いの作品に関すると、往々にして、そういう正反対の勘違いが実に多い。
なぜ勘違いするかというと「とにかく変わった性格の人物を」と考えるあまり、「読者(選考委員)が、その人物に感情移入できるか否か」という最も肝心なチェック・ポイントが完全に欠落してしまう。
単純に言えば「読者が物語を読んで、そういう人物になりたいと思うか否か」である。
私が読んだ、新人賞応募落選作で「これは駄目だ」と思う人物造型を以下に箇条書きしていく。
①運動神経が鈍く、そのせいで、数々の失敗をする。
脇役ならばイザ知らず、主人公でこの設定は駄目である。たとえ脇役でも、あまり感心しない。その脇役との対比で主人公の運動能力が良いように演出しているが、よくよく読んでみると主人公の運動神経は「並」という事例が大半を占める。
主人公の傍に馬鹿な劣等生を配置して、あたかも主人公が抜群の秀才であるかのように演出しているが、精読すると、「ほんの少し頭が良い程度」である場合が多い。
②基礎体力がなく、足は遅く、走れば、すぐに息切れして歩き出す。危ない場面に遭遇しても、思うように走れないので、ピンチに陥る。
私は、特に一次選考の下読み選者が当落の最大の判定材料に使う冒頭の20枚(40×40フォーマットで、5枚)で主人公をピンチに陥らせ、ハラハラドキドキさせるのが良い、と指導している。
しかし、前述のような弱点のせいでピンチに陥っても、ハラハラドキドキしない。それどころか、読んで興醒めし、シラけるだけである。
③無口で、ほとんど喋らない主人公。
これはもう、絶対に駄目である。無口で主人公のキャラを立てる(魅力的にする)のは、名うてのプロ作家でも至難の業である。
ほぼ不可能で、そんなプロ作家の作品に出会ったことが、ほとんどない。
例外は「主人公しか登場人物がいない物語」で、台詞がない代わりに、主人公の心理描写が延々と続く。この心理描写で主人公のキャラを立てているわけである。
台詞がほとんどなく、心理描写はゼロで、それでキャラが立っているとなると、『ゴルゴ13』ぐらいしか思い当たらない。
『ゴルゴ13』は劇画で絵があるが、絵のない文字だけの物語で、台詞も心理描写もなくてキャラを立てるのは、不可能である。
④これはヒロインに関してだが「美人だが、それ以外は平凡で、どこにでもいる女性」を設定するアマチュアも呆れるほど多い。
書いている本人はキャラを立てているつもりかもしれないが、ヒロインが平凡だと、その周囲で起こる出来事・エピソードも、往々にして平凡極まりなくなる(つまり、誰でも書けそうな、オリジナリティがゼロの物語になる)。
ヒロインが美女、美少女であることは新人賞を狙うに際しては必須条件だが、「そんじょそこらには、いない女性」を考えなければならない。
歴史上の人物なら、北辰一刀流の千葉周作の姪で薙刀の名人だった千葉佐那とか、木曽義仲の愛妾で、武芸が抜群、襲ってくる敵将を片端から返り討ちにしてのけた巴御前とか。
現代なら、レスリングの吉田沙保里、陸上長距離の新谷仁美、アクション女優の志穂美悦子、ミッシェル・ヨーとか。
ミッシェル・ヨーはジャッキー・チェンの映画のオーディションで、ジャッキー・チェンから「俺よりも強い女は使えない」という理由で落とされた(後に競演したが)エピソードで有名で、ジェット・リーと死闘を演じるアクション・シーンは強烈である。
志穂美悦子は福井の海岸で二十五メートルの高さから飛び込んで見せたエピソードで知られ、これは高飛び込みの倍以上の高さで、並の人間ならば、死ぬ。
現実でさえ、こういう凄まじい女性が実在するのだから、フィクションの新人賞応募作の世界では、もっと奇抜な女性像を捻り出さなければいけない。
「こんな女が、いるわけない。でも、ひょっとしたら、どこかにいるかもしれないな」と思わせなければ、道は開けない。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。