W選考委員版「小説でもどうぞ」第1回 佳作 早春の再会/十六夜博士
「早春の再会」十六夜博士
もう春なのだろうけど、吹く風は冷たい。僕はジャンパーの前を合わせた。いつもの場所に行くと、キヨシおじさんは既に地面を掘り起こしていた。おじさんの横に座ると僕も持ってきたスコップで地面を掘り始めた。
「なんか見ずかった?」
「いいや、これっぽっちも」
ハハッ、と二人で苦笑いするのもいつものことだ。少しして、おじさんは鼻歌を歌い始める。これもいつものこと。『それが大事』っていう歌で、結構ベタな歌詞。負けないことや逃げ出さないことが大事であることを歌っているので、僕らの状況にはピッタリと言えばピッタリだ。おじさんが若い頃流行っていた曲らしい。僕も実は結構気に入っている。僕らの作業は本来、明るくやるものではない。でも、おじさんはかつて言った。
(辛えど思ったらやれね)
楽しむと言ったら変だけど、僕らは明るくやるようになったのだ。
「今日、最後だな」
いつ言おうかと思っていたら、おじさんが先に言ってきた。うん、と地面を掘りながら、何事もないように応えると、おじさんも作業を続けながら、「これまで、ありがとな」と、さりげなく続けた。
「いいや、お礼言われるようなごどしてね」
ハハッとおじさんは笑うと、「ほいなこどね。毎週、毎週、来てくれるんだもの」と、ちょっと強めにスコップを地面に突き刺す。
「だって、ケイタくんに会いでえし」
僕の言葉に、おじさんは応えなかった。
保育園の同級生だったケイタくんと僕は大の仲良しだった。家族ぐるみの付き合いで、お互いの家を行き来し、泊まりあった。
(おめら、犬ごろの兄弟みだいだ)
おじさんは、そう言ってよく笑った。
あの日、僕は熱を出して、保育園に行かなかった。もし、保育園に行っていたら、きっと僕はもうこの世にいない。津波に流されたと思われるケイタくんのマフラーが見つかったのは、この畑の周辺で、震災があってから数年経っていた。マフラーには、不思議なほどクリアに、そして残酷に、『やまだけいた』と書かれていた。
「……おれ、会いでえのかな?」
おじさんはポツリと呟くとスコップを止めた。僕もスコップを止めると、おじさんにゆっくりと顔を向けた。おじさんは珍しく真面目な顔で目の前の地面をジッと見つめている。
「……わがらね。でも、しばれるべ」
自分に言い聞かせるような口調で続けた。
「しばれる?」
「うん、地面の中にいだら、しばれるべ」
おじさんはそう言うと、また『それが大事』を口ずさみながら、スコップを振り始めた。
「わりいな」と、おじさんが言った。
「なにが?」
「ケイタ探すの手伝い続げだがら、彼女出来ねがったな」 ムムッと思って、おじさんを見ると、ニカッと笑っていた。
「東京の大学行ったら、まず彼女作れぇ」
「余計なお世話」と、僕が膨れっ面をすると、おじさんはガハハと笑った。ふてくされた次いでとばかりに、スコップを思い切り地面に突き立てる。
コツッ!
スコップが固いものに当たった音を立てた。音の出た周りを丁寧にかき分けると、超合金でできたロボットのキーホルダーだった。
ドクン。心臓が音を立てる。
そして、早回しの映画のように僕は猛スピードで土を掘り始めた。僕の異変に気付いたおじさんも僕を手伝い始める。そして、数分後、僕らはケイタくんを見つけた。
脚の骨。周りにボロボロになったジーンズの痕跡と右足用の小さな運動靴があった。それだけでケイタくんとは言えないが、僕が左手に握りしめた超合金は間違いなくケイタくんのものだ。お気に入りのロボットヒーロー。僕もお揃いで持っていて、二人とも保育園のリックに付けていた。ハアハアと息を切らすおじさんに、僕は左手を差し出し、ゆっくりと開いた。それを見て悟ったおじさんは一瞬息を止めた。
僕は嬉しいのか、嬉しくないのか、分からなかった。おじさんもそう思ったのかもしれない。僕らはケイタくんを無言で見つめ続けた。
「……しばれるべ」
しばらくして、おじさんはジャンパーを脱ぐと、骨の上に被せた。そして、グスン、グスンと鼻を啜り、目を何度もガサツに腕で拭い続けた。
そうだよ。とにかく、しばれるべ、ケイタくん――。
僕もジャンパーを脱ぐと、おじさんのジャンパーの上にかけた。涙が溢れた目元をさらう早春の風はとても冷たい。
(了)
「なんか見ずかった?」
「いいや、これっぽっちも」
ハハッ、と二人で苦笑いするのもいつものことだ。少しして、おじさんは鼻歌を歌い始める。これもいつものこと。『それが大事』っていう歌で、結構ベタな歌詞。負けないことや逃げ出さないことが大事であることを歌っているので、僕らの状況にはピッタリと言えばピッタリだ。おじさんが若い頃流行っていた曲らしい。僕も実は結構気に入っている。僕らの作業は本来、明るくやるものではない。でも、おじさんはかつて言った。
(辛えど思ったらやれね)
楽しむと言ったら変だけど、僕らは明るくやるようになったのだ。
「今日、最後だな」
いつ言おうかと思っていたら、おじさんが先に言ってきた。うん、と地面を掘りながら、何事もないように応えると、おじさんも作業を続けながら、「これまで、ありがとな」と、さりげなく続けた。
「いいや、お礼言われるようなごどしてね」
ハハッとおじさんは笑うと、「ほいなこどね。毎週、毎週、来てくれるんだもの」と、ちょっと強めにスコップを地面に突き刺す。
「だって、ケイタくんに会いでえし」
僕の言葉に、おじさんは応えなかった。
保育園の同級生だったケイタくんと僕は大の仲良しだった。家族ぐるみの付き合いで、お互いの家を行き来し、泊まりあった。
(おめら、犬ごろの兄弟みだいだ)
おじさんは、そう言ってよく笑った。
あの日、僕は熱を出して、保育園に行かなかった。もし、保育園に行っていたら、きっと僕はもうこの世にいない。津波に流されたと思われるケイタくんのマフラーが見つかったのは、この畑の周辺で、震災があってから数年経っていた。マフラーには、不思議なほどクリアに、そして残酷に、『やまだけいた』と書かれていた。
「……おれ、会いでえのかな?」
おじさんはポツリと呟くとスコップを止めた。僕もスコップを止めると、おじさんにゆっくりと顔を向けた。おじさんは珍しく真面目な顔で目の前の地面をジッと見つめている。
「……わがらね。でも、しばれるべ」
自分に言い聞かせるような口調で続けた。
「しばれる?」
「うん、地面の中にいだら、しばれるべ」
おじさんはそう言うと、また『それが大事』を口ずさみながら、スコップを振り始めた。
「わりいな」と、おじさんが言った。
「なにが?」
「ケイタ探すの手伝い続げだがら、彼女出来ねがったな」 ムムッと思って、おじさんを見ると、ニカッと笑っていた。
「東京の大学行ったら、まず彼女作れぇ」
「余計なお世話」と、僕が膨れっ面をすると、おじさんはガハハと笑った。ふてくされた次いでとばかりに、スコップを思い切り地面に突き立てる。
コツッ!
スコップが固いものに当たった音を立てた。音の出た周りを丁寧にかき分けると、超合金でできたロボットのキーホルダーだった。
ドクン。心臓が音を立てる。
そして、早回しの映画のように僕は猛スピードで土を掘り始めた。僕の異変に気付いたおじさんも僕を手伝い始める。そして、数分後、僕らはケイタくんを見つけた。
脚の骨。周りにボロボロになったジーンズの痕跡と右足用の小さな運動靴があった。それだけでケイタくんとは言えないが、僕が左手に握りしめた超合金は間違いなくケイタくんのものだ。お気に入りのロボットヒーロー。僕もお揃いで持っていて、二人とも保育園のリックに付けていた。ハアハアと息を切らすおじさんに、僕は左手を差し出し、ゆっくりと開いた。それを見て悟ったおじさんは一瞬息を止めた。
僕は嬉しいのか、嬉しくないのか、分からなかった。おじさんもそう思ったのかもしれない。僕らはケイタくんを無言で見つめ続けた。
「……しばれるべ」
しばらくして、おじさんはジャンパーを脱ぐと、骨の上に被せた。そして、グスン、グスンと鼻を啜り、目を何度もガサツに腕で拭い続けた。
そうだよ。とにかく、しばれるべ、ケイタくん――。
僕もジャンパーを脱ぐと、おじさんのジャンパーの上にかけた。涙が溢れた目元をさらう早春の風はとても冷たい。
(了)