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登場人物が増えるほどキャラ立ては難しくなる

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作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

横溝正史ミステリ&ホラー大賞

前回に引き続き、横溝正史ミステリ&ホラー大賞の第三十七回優秀賞受賞作の『悪い夏』(染井為人)について、論じる。

第三十六回の受賞作『虹を待つ彼女』(逸木裕)は近年のミステリー系新人賞受賞作の中では久々の傑作だった。

傑作が出ると、その翌年には「この賞は、レベルが高いから、自分には無理」と敬遠する傾向が見られ、その結果として応募作の水準が落ちる現象が起きる(絶対ではないが、八割以上の確率で当て嵌まる)。

それにしても『悪い夏』は、ひどかった。もし私が下読み選者なら、躊躇なく一次選考で落としている。

この回は角川書店の権威に懸けても「該当作なし」とすべきだったろう。私には、予選突破して最終候補作にノミネートされたことさえ、信じ難い。

つまるところ、よほど応募作のレベルが相対的に低くて『悪い夏』が中では多少マシだった、ということなのだろう。

次に「私が下読み選者なら、一次選考で落としている」とする理由を列挙していく。こういう愚を犯さないためにも、別の意味で『悪い夏』は必読書の中に挙げたい。

主人公(視点を置く人物)が多すぎる。列挙していく。

佐々木守……市役所の福祉担当で生活保護の担当。優柔不断の極み。

 

以下、主人公の全員が、生活保護絡みの人間。

林野愛美……佐々木と生活保護が縁で深い仲になる。母娘二人。

山田吉男……嘘で固めて生活保護を受給している。金本の手下。

古川佳澄……生活保護が受けられずに息子と無理心中する。

金本龍也……生活保護を食い物にしている殺人犯のヤクザ。

 

つまり五人の主人公がいて、重要度もこの順序になる。

主人公一人につき、四百字詰め換算で百二十枚は費やさないとキャラを立てることができない。ここで、六百枚が必要になる。

また、主人公以外で台詞が多い重要人物には、各五十枚は費やさないとキャラを立てることができない。

そういう目撃構成上の重要人物が次の七人になる。

宮田有子……佐々木の同僚。

高野洋司……佐々木の先輩同僚で生活保護を脅しのネタに愛美を犯した上に生活保護費をピンハネする。

矢野潔子……生活保護の不正受給をしている老女。

莉華……金本の情婦で愛美の友人の性悪女。凶暴。

石郷……金本と組んで生活保護のためにインチキ診断書を出している悪徳医師。

犬飼……金本の上の暴力団組長。

嶺本……佐々木・宮田・高野の上司の課長で同性愛者。

ここで三百五十枚が必要になり、両者を合計して九百五十枚ないと、登場人物のキャラは立たない。

ところが横溝正史ミステリ&ホラー大賞の応募規定枚数の上限は八百枚である(現在では七百枚に減っている)。

つまり『悪い夏』は主要登場人物が多すぎて、キャラが立てることができない作品だということが、これだけで明白に見て取れる。

実際、『悪い夏』にはキャラが立っている魅力的な人物が、唯の一人も出てこない。

普通は読んでいると「お? この人物は魅力的だな」と思うものだが読んでいて不愉快になる人物しか出てこない。

宮田有子が最初は正義漢の女性っぽく見えて「こっちを主人公にしたほうが良かったのではないか?」と感じながら読み進めたのだが、これも後半になって、どうしようもない下劣な女だと分かってくる。

登場人物の全員を不愉快な人物に設定する手法は、確かに目新しくはある。だが、大多数の人間は「この作家の作品を次も読みたい」とは思わないだろう。

バブル景気の時代には、こういう「読んでいて不愉快になる小説」が良く売れた。角川書店の黒表紙のホラー文庫などは売れに売れて、増刷また増刷だった。

が、バブル崩壊して世が不景気になるや、その手の小説は一転して売れなくなった。

もちろん一部に、この手の物語が好きな読者は存在し、アマゾンのレビューも好意的に書いているものが見受けられるが、プロ作家として生きていけるほどの部数は売れない。

世が不景気になった時に一般読者が求めるのは「読み終えて気持ちが温かくなる・勇気が出る」タイプの物語である。

この十月には消費税が十%に上がる。そうすると確実にもっと不景気になる。

生き残るのは読後感が爽快で気持ちが温かくなる・勇気が出る物語を書く作家である。

新人賞を受賞できたら、それで良い、文壇から消えても構わない、というのであれば、これ以上ないくらい不愉快な物語で応募するのは一つの手ではある。

しかし、長くプロ作家として文壇で生きていきたいのであれば『悪い夏』のような作品で新人賞を狙うのは、私は勧めない。

新人賞受賞作家の九割以上がデビューから五年ぐらいで文壇から影も形もなく消える、という現実を踏まえて『悪い夏』を読んで欲しい。

 

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その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。