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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 カワウソ祭り 桝田耕司

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作文・エッセイ
小説でもどうぞ
結果発表
第8回結果発表
課 題

悩み

※応募数323編
選外佳作
 カワウソ祭り 桝田耕司

「このままでは倒産する」
 園長が苦虫を噛み潰したような顔をした。零細動物園の悩みは尽きない。
 スタッフの顔から涙がこぼれ落ちる。
 客寄せに、パンダなんて論外だ。ラッコやコアラも金がかかる。ライオン、虎などの猛獣もいない。
「川村君、君の知識でなんとかならないかね」
 飼育員で最年少の俺に、白羽の矢が立った。
 草食動物の糞を有機肥料にして、野菜を育てるという案は大成功だ。耕作放棄地を借りて、スタッフが交代で働いている。
「私が担当しているカワウソは、とても賢くて、人間とコミュニケーションをとるのが得意です。様々なポーズを取らせましょうか?」
「う~む……二番煎じだなぁ」
 園長が首を捻る。
「それでは、少々卑怯な手を使いましょうか」
「おいおい、本気で言っているのか?」
 年配スタッフから失笑が漏れる。
「いや、悪くないアイデアだ。川村君はホームページも作れるんだったな」
「はい。元、システムエンジニアです」
 ブラック企業でパワハラを受け、心を病んだ俺を拾ってくれた恩は忘れていない。
 動物園がなくなったら、再就職先に困る。動物たちの未来を守るためにも、カワウソの活躍が必須だ。
 いよいよ、練習の成果を発揮する日がきた。
 元々、石遊びが好きなカワウソを仕込むのに、三か月もかかっている。半信半疑の同僚たちを見返してやりたい。
 子連れ家族が、水槽の前に立った。見えない位置から合図を出す。仰向けになってから、お腹の上で石を回転させる。
「すご~い、すご~い! カワウソさんって、器用なんだね」
 男の子が、パチパチと手を叩く。
「へぇ~。カワウソとラッコって、親戚なのか。よく見ると似ているなぁ」
 お父さんが説明文を読み上げた。正確には、イタチ科のカワウソ亜科になる。
 次の合図が本命だ。石を両手で持ったカワウソが、お客様に近づいた。
「こんにちは、こんにちは」
 男の子が、ペコペコと頭を下げる。両親がスマホを構えた。すぐにSNSで拡散されるだろう。
 カワウソが好んで遊ぶ石に「こんにちは」と書いた俺の大勝利だ。
 ネット上でバズるとまではいかないが、来客者が一割増えた。
「川村君、大手柄だ」
「まだまだこれからです。もとSEの力をお見せしますよ」
 園長の許可を得て、次の段階に移る。
 若い女性はかわいいものが好きだ。お金も持っている。
「ちょっと、アレ、アレ。QRコードじゃん」
「マジで。チョーうけるんだけど」
 けたけた笑いながら、カワウソが持つ石を読み取った。
 専用ホームページは、石ごとに二十個用意した。「おいしい魚を食べたい」とか「解凍した魚がまずいのが悩みの種です」など、普通のセリフだけではおもしろくない。
 決めポーズの写真を掲載し、「俺に生きたイワナを食わせる権利をプレゼントしてやる」とか、「俺の格好いい狩りを見たくねぇのかよ」とか、オラオラ系のカワウソキャラも作った。
「カワウソさん、ストレートすぎるってばぁ」
 笑いながらも、スマホがチャリーンと音を立てる。
 推し活ブームに乗った課金システムで、エサ代を稼ぐ作戦が功を奏した。動物園の来客数が右肩上がりになる。倒産の危機を乗り越えて、職員全員が安堵した。
「川村君、次の作戦に移るぞ」
 園長の鼻息が荒い。
「カワウソ本来の生態を見せるのも、我々の仕事ですね」
「そうだ。カワウソ祭りを開催するぞ!」
 園長肝いりのイベントがはじまった。大勢の客の前で、カワウソが暮らす水槽に、大量の魚を放つ。
 カワウソは狩りの天才だ。大型の外来種でも、簡単にしとめることができる。次々に魚を捕まえ、岩の上に並べ出した。
 カワウソが食べるのは、魚の腹部のみだ。頭や尻尾を残して食べ散らかす。
「来場のみなさん。これがカワウソの習性です。獺祭だっさいと呼ばれ、遊びの要素も大きいとされています」
 マイクを握った園長が、延々と語る。
「なんだか、もったいないよな」
「元々は、アタイらのお金だよね」
「エスディージーズに反します」
「子どもには見せられないわ」
 国内外から批判が殺到し、動物園はさらなる窮地へと追い込まれたのであった。
(了)