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9.20更新 VOL.9 「新青年」懸賞探偵小説 文芸公募百年史

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文芸公募百年史

VOL.9 「新青年」懸賞探偵小説 


今回は、大正9年に創刊された「新青年」の懸賞探偵小説を紹介する。ここからは横溝正史、夢野久作がデビューしている。

「新青年」創刊と同時に探偵小説を募集

「新青年」というと、日本初の本格推理小説、江戸川乱歩の「二銭銅貨」を掲載したことから探偵小説の雑誌という印象が強い。事実、翻訳探偵小説と創作探偵小説を軸としてはいたが、総合娯楽雑誌に分類される。
創刊は大正9年1月、創刊と同時に「新青年」懸賞探偵小説を実施している。主催は博文館。1月に募集を開始し、5月号から当選作が発表されている。

5月号 「青年小説『志士』一等当選尾張 中野松月
6月号 「探偵小説『破れし原稿用紙』懸賞一等当選 八重野潮路
7月号 「学生小説『不正事件』懸賞一等当選麻布 小林紫蘭
    「青年小説『同級生』懸賞二等当選芝区 圭四郎
8月号 「探偵小説『S温泉事件』選外佳作 本多義一郎


募集は随時、発表も都度している。7月号は当たりの月で2編掲載されているが、8月号は選外佳作しかなかったのかもしれない。
作品名にジャンルが書かれているのも面白い。青年小説と学生小説の差は?
探偵小説は今でいう推理小説。戦前までは探偵小説と言われたが、昭和21年に制定された当用漢字から「偵」が外れ、「探てい」と交ぜ書きするのも変だということと、日本には実質、海外のような私立探偵はいないということで推理小説と言われるようになった。命名は木々高太郎と言われている。

入選者の中に横溝正史が!

「新青年」懸賞探偵小説の当選者を見ていたら、大正10年4月号に、
「『恐ろしき四月馬鹿』懸賞当選一等神戸 横溝正史」
とあった。横溝正史のデビュー作とされている短編で、賞金は10円だった。
乱歩は日本初の本格推理小説を書いたが、推理小説自体は明治22年に黒岩涙香が書いた『無惨』以来、多くの人が手掛けており、横溝正史もその一人。
横溝正史は探偵小説を書いては応募していたようで、八月十日(夏季増刊探偵小説傑作集)号には、
「『深紅の秘密』三等当選大阪 横溝正史」
12月号には、
「一個の小刀より」懸賞当選大阪 横溝正史」
とある。

ちなみに横溝正史は「新青年」のほか、「中学世界」「ポケット」といった雑誌にも投稿していたが、大正13年、大日本雄辯會講談社(現・講談社)が創刊した大衆娯楽雑誌「キング」(定価50銭)の懸賞小説にも投稿している。
第1回は関東大震災のため中止。翌年、募集し直し、横溝正史は時代小説「三年ねむった鈴之助」で2等に当選し、賞金500円を得ている。
大正時代の1円は今の4000円とも言われるが、「キング」が50銭なので、仮にこれを今の500円とすると、賞金は50万円相当ということになろうか。

「新青年」から離れてしまうが、このときの談話が「いんなあとりっぷ」の「いまだから語る推理文壇座談会1 - ローソクの灯で原稿を書いた?江戸川乱歩 -」(昭和60年2月号)に載っている(山村とあるのは山村正夫)。

編集部 五百円ていうと、だいぶ使いでがあったんじゃないですか。
山村 いまだったら五十万てことはない……かなり使いでがあったでしょう。
横溝 いや、ぼくは親孝行だからね、四百円ぐらい継母に渡したよ。 だから百円持って……百円たってたいしたもんだよ。
山村 大変なもんですよ、あの当時の百円。

なんと夢野久作も入選者

閑話休題。
「新青年」懸賞探偵小説からは角田つのだ喜久雄も入選しているという噂を聞いたが、入選の記録は見当たらなかった。
ところが、これぞまさしくセレンディピティと言うべきか、大正15年の入選者にこんな名前があった。
「探偵小説当選発表二等当選『窓』神戸 山本のぎ太郎」
「     〃       『あやかしの鼓』夢野久作」

日本三大奇書『ドグラ・マグラ』の夢野久作がこんなところに!
このときの模様を同時に二等になった山本禾太郎が書き残している。

 新青年ではじめて探偵小説の懸賞募集をやったのは昭和何年であったか、戦災による罹災で書籍や参考記録の一切を焼いてしまった私の手元では、今はっきりと判らないが、何でも枚数は五十枚、賞金は一等五百円であったかと思う。
 その時故人夢野久作さんの『押絵の奇蹟』と私の『窓』が当選した。この発表にさきだって応募作品全部の題名と作者の氏名が発表されたが、何でも応募総数は四百編位であったと思う。(中略)
 一等に相当する作品がなく夢野さんと私のものが何れも二等ということで賞金を半分ずつ貰ったと覚えている。
(山本禾太郎「探偵小説思い出話」)


文中、『あやかしの鼓』が『押絵の奇蹟』となっているが、おそらく入選作は「あやかしの鼓」で、これがのちに『押絵の奇蹟』という単行本に収録されたため、表題作の「押絵の奇蹟」と勘違いしたのではないだろうか。
このあと、山本禾太郎氏は、当選作を江戸川乱歩氏は支持してくれたが、甲賀三郎氏は辛辣だったと語り、さらに翌月の号に載った夢野久作の作品を読んで、「私の作なぞとても足もとにも寄れぬ優れた作品で、その時すでに私は夢野さんが大作家の質を備えて居られることを感じ恐れをなした」と書かれている。
巨人と同時に応募してしまう悲哀は、今も昔も変わらない。



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