第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」選外佳作 俺様の悩み 藤岡靖朝
第8回結果発表
課 題
悩み
※応募数323編
選外佳作
俺様の悩み 藤岡靖朝
俺様の悩み 藤岡靖朝
誰にだって悩みごとはあるというものだ。
たとえ世間から「明るくて社交的でどんな相手とでも打ち解けて仲良くなれる」絵に描いたような優等生タイプと思われていたとしても、当の本人には決して他者には話せない、話してもわかってもらえるかどうかわからないと胸の内にしまい込んでいる悩みがあるのが本当のところなのだ。
あるいは、強気も強気、どこからそんな自分勝手で恥知らずなくらいの理屈をたてて、世の中を自らの都合のよい方へぐいぐいと引っぱってゆくパワーにあふれた行動力の持ち主であっても、心の奥には全く語られることのない、ときにはそれが自身の弱みになってしまうのを怖れるくらいの悩みごとを抱え込んでいる可能性もあるのだ。
こんな小難しいことを言う俺様だって、一見すると、何があっても平気そうなポーカーフェイスをしているふうに見られているかもしれないが、実のところ、これでも心の内にはいくつもの悩みを持ったまま毎日をウツウツと過ごしているのだ。所詮は、俺様だって大きな口を叩いても心はちっぽけな野郎ということだ。
俺様の悩みを総括してひとくくりにすれば、それは世間の俺様に対する評判が良くないということになるだろう。
誰だって、自分に対する周囲の目や声は気になるに違いない。当然のことだ。何でも言わせておけばよい、などと居直ってみせても本心では無意識のうちに目や耳のアンテナがピクピクと動いて自分に関する情報をキャッチしようとしてしまうのが悲しい性というものなのだ。そして望むと望まざるとにかかわず、それはいつしか当事者の知るところとなってしまう。自分に対する世間の見方が、良い評価であればうれしく喜ばしいし安心もする。しかし残酷なことに、多くの場合は、好ましくない、聞きたくもないマイナスの声ほどしっかり伝わってくるものなのだ。今の俺様のように。
俺様が悩んでいる、俺様に対する世間の冷たい評判をいくつか挙げてみよう。
『色が黒い』
おいおい、いきなりの見た目攻撃かよ。外見のことを取り上げてはいけませんよという現代の風潮を知らないのか。たしかに古くは「色の白いは七難隠す」という言葉もあったが、ひと昔前には色白は不健康の象徴で色の黒いほうが陽に焼けた健康美としてもてはやされていたじゃないか。まったく世間というのは勝手なものだ。
『声が悪い』
これも見た目を叩いているのと同じようなものだ。声なんて生まれつきのものだろう。いったいどうしろっていうんだ。そりゃあ美しい声の方が良いかもしれないが、だからといって、町中のみんながみんなバリトンやソプラノの美声で会話している日常生活なんておかしいだろう。
『悪知恵がはたらくズル賢いヤツだ』
もうヒドイな。ただ単に賢いと言ってくれたらよいものをわざわざなぜ前にズルイなんてつけるんだ。一流大学を出たエリートにこんなことは言わないだろう。たとえそいつがお間抜けな無能大臣の後ろに座ってコソコソと要領のいい答弁を教えているとしたって。
『攻撃的で弱いものいじめをする乱暴者だ』
冗談じゃない。誰が乱暴者だ。俺様くらい平和主義者はいないぞ。そりゃあ一発殴られたら一発は殴り返すけど、何だかんだと屁理屈をつけて十発も百発も殴り返すような権力で思考回路がおかしくなった横暴野郎共といっしょにしてくれるな。
『不潔である』
いい加減にしろ。見くびってもらっちゃ困るというものだ。意外かもしれないが、こう見えても俺様は清潔好きなんだ。ちゃんとお風呂にも入っているさ。入浴時間がちょっと短いとは言われることがあるけどな。
『自己主張が強く自己中心的である』
なんでこんなことを言われなくちゃならないんだ。自己主張がしっかり出来ないとこれからのグローバル社会を生き抜いてゆけないだろう。自己中心的だって? 今の世の中、みんなそうじゃないのかい。
『何だか不気味で不吉なイメージだ』
まったくどうしてこんなイメージを持たれるんだ。そもそもイメージって何なのだ。頭の中で勝手に想像しているだけじゃないか。
この際、ハッキリ言おう、その想像は間違っている。何の根拠もない偏見だ。もう目を覚まして真実の俺様の姿を見てくれ。
*
「あら、あのカラス、やっとどこかへ飛んで行ったわ」
「何だか木の上でずーっとブツブツ言ってたみたいだな」
「きっとカラスにはカラスの悩みごとがあるんでしょうね」
(了)