10.4更新 VOL.10 「時事新報」懸賞短編小説 文芸公募百年史
今回は、大正9年に実施された「時事新報」懸賞短編小説を紹介する。
この賞の第1等と第2等は宇野千代と尾崎士郎、選外入選に横光利一がいた。
選外入選に文学の神様、横光利一
大正9年(1920年)に「時事新報」懸賞短編小説が実施され、翌10年の元旦に結果が発表されている。主催は東京時事新報社だった。
時事新報は明治15年、福沢諭吉によって慶應義塾大学の機関紙として創刊された。政治と経済に関する記事が多かったが、大正9年、佐佐木
佐佐木茂索は大正12年に文藝春秋を興す菊池寛と親交があり、時事新報入社も菊池の口利きだった。のちに川端康成、横光利一が創刊した「文芸時代」の同人であり、佐佐木自身も作家である。大正14年には師事する芥川龍之介に短編「曠日」が賞賛され、昭和10年には盟友菊池寛と芥川賞、直木賞を創設し、選考委員もしている。戦後は筆を折り、文藝春秋の社長を務めた。
「時事新報」懸賞短編小説は定期的に募集され、選考委員は里見弴、久米正雄だった。里見弴は有島武郎の弟、久米正雄は漱石門下で、芥川龍之介らと同じ新思潮派の作家。『「私」小説と「心境」小説』の中で、トルストイの「戦争と平和」も、ドストエフスキーの「罪と罰」もフローベールの「ボヴァリー夫人」も、〈高級は高級だが、結局、偉大なる通俗小説に過ぎないと。結局、作り物であり、読み物であると。〉と書いたことでつとに有名だ。
「時事新報」懸賞短編小説の賞金は第1席100円、第2席50円、第3席30円、選外10円だった。選外でも賞金10円ももらえるのかと思ってしまうが、この選外は「入選しなかった」という意味ではなく、歴とした選外入選である。選外は三編あり、「紅茶の味」泉清一、「踊見」兼光左馬、宮田太郎「春」。このうちの兼光左馬は横光利一だ。横光利一は「文章世界」や「萬朝報」の懸賞小説でも入選しているが、「時事新報」で選外入選した頃は早稲田大学を休学中で、年齢は二十歳過ぎ。のちの「文学の神様」も若いときは書いては投稿の毎日だった。
第1席と第2席がのちの夫婦
上位入選者の紹介があとになってしまったが、入選者は以下のとおり。
第1席「脂紛の顔」藤村千代
第2席「獄中より」尾崎泗作
第3席「秋の一日」八木東作
藤村千代は、晩年に「おはん」「色ざんげ」「行きて行く私」を書く宇野千代、尾崎泗作は代表作「人生劇場」で知られる尾崎士郎だ。
何これ、夫婦でワンツーフィニッシュなの?と思ってしまうが、当時は赤の他人だ。
宇野千代は恋多き女として知られている。生まれは山口県の裕福な造り酒屋で、「千代様」と呼ばれる深窓のお嬢様だった(近所に広津和郎が住んでいた)。
その後、恋人と京都に住み、彼が東京大学に入学するのに従って上京する。本郷三丁目の西洋料理店で給仕の仕事をしていたとき、中央公論の瀧田樗陰と知り合い、樗陰が連れてきた菊池寛、芥川龍之介と親交し、今東光とは恋愛関係になっている。絶世の美少年と美人で知られたお嬢様カップルだった。
千代は仕立物で口に糊していたが、小説を書くようになり、「時事新報」懸賞短編小説に応募し、第1席を受賞する。尾崎士郎とはこの時点では単に入選者同士に過ぎないが、原稿料をもらいに中央公論の樗陰を訪ねたときに尾崎士郎を紹介される。千代はたちまち一目惚れし、次に会った夜には同棲している。お嬢様は恋愛も電光石火だ。
余談ながら千代と士郎は東京・馬込に住むが、すぐに萩原朔太郎夫妻が越してきて、室生犀星もご近所だったそうだ。馬込も、芥川がいた田端みたいに作家が集まる街だったのだろうか。
宇野千代の恋愛遍歴をなぞると、14歳で
壮絶過ぎる。人生そのものが恋愛小説だ。
「女性」という雑誌があった
おまけ。「時事新報」懸賞短編小説のついでに、大正期に実施された珍しい懸賞小説を紹介する。それが「女性」懸賞小説で、大正12年に実施されている。主催はプラトン社という大阪の出版社で、中山太陽堂という化粧品の会社を後ろ盾に女性向けの文芸誌「女性」と「苦楽」を発行していた。
面白いのは応募締切がなく、随時募集し、予選合格者を発表したのち、順次、誌上で作品を発表していったこと。稿料は原稿用紙1枚5~10円となかなか破格だった。
選考委員は谷崎潤一郎、鈴木三重吉、小山内薫。鈴木三重吉は漱石の弟子で、日本初の児童文学雑誌「赤い鳥」の編集者。夏目漱石『文鳥』の冒頭、〈十月早稲田に移る。伽藍のような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖で支えていると、三重吉が来て、鳥を御飼いなさいと云う。〉の「三重吉」が鈴木三重吉だ。小山内薫は劇作家。プラトン社の経営に関わっていたため、第1回のみ選考に携わったようだ。
おまけのおまけ。女性向け文芸誌というと、昭和の終わり頃に「季刊フェミナ」があり、第1回フェミナ賞では井上荒野、江國香織が受賞している。縁あり、このお二人は今年、W選考委員版「小説でもどうぞ」のゲスト選考委員を引き受けてくれた。第1回フェミナ賞は公募ガイドでも掲載し、授賞式も取材しているので、これも公募が取り持つ縁と言えるかもしれない。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.10 「時事新報」懸賞短編小説
VOL.09 「新青年」懸賞探偵小説
VOL.08 大朝創刊40周年記念文芸(大正年間の朝日新聞の懸賞小説)
VOL.07 「帝国文学」「太陽」「文章世界」の懸賞小説
VOL.06 「萬朝報」懸賞小説
VOL.05 「文章倶楽部」懸賞小説
VOL.04 「新小説」懸賞小説
VOL.03 大朝1万号記念文芸
VOL.02 大阪朝日創刊25周年記念懸賞長編小説
VOL.01 歴史小説歴史脚本