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第14回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 いつか怪談になるために 昂機

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小説
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結果発表
第14回結果発表
課 題

卒業

※応募数281編
いつか怪談になるために 
昂機

 学校全体にしめやかな空気が流れている。少しでも気をゆるめたら即お叱りの言葉が飛んできそうな空間で、先輩だけが唯一そのルールから外れている気がした。
「先輩、今日は卒業式ですよ」
「分かってるよ。お前はそこまで俺を馬鹿だと思ってんのか」
「じゃあもっと大人しくしていましょうよ」
 式が始まるまであと三十分。卒業生は各自の教室で待機している頃だ。級友たちと積もる話に花を咲かせ、写真を撮り合う。そんな思い出の最後の一ページを彩る時間、僕と先輩は校長室に忍び込んでいた。なんでだよ。
「二人で確かめられる最後のチャンスなんだぞ! これを逃して卒業などできるかよ」
「だからって今さらこんな噂を調べなくても」
「バカ野郎、それでもお前は怪探か。部長として恥ずかしいぞ俺は」
 僕と先輩は怪探……「怪談探求部」のたった二人のメンバーだ。学校が認めた部ではなく、同好会の届けも出していない。僕らが勝手に名乗っているだけの非公式クラブである。
「バレたらまずいですって」
「バレるわけない。いま先生たちは式の準備で大わらわだ。もちろん校長もな」
 先輩は自信満々に笑うが僕は気が気じゃない。この高校に入学してから先輩のせいで何度も悲惨な目に遭わされてきた。白衣のゾンビを求めて深夜の理科室に忍び込んで危うく警備員に捕まりそうになったし、幽霊が出ると聞いて体育館倉庫に五時間待機した結果ただ熱中症になっただけだった。
「校長室が異次元に繋がっているなんて、明らかにガセじゃないですか」
「いいや、今度ばかりは本物だ。俺の勘がそう告げている!」
「そのセリフ、もう何十回も聞きましたよ」
 こうなった先輩には正論が通じない。さっさと調査を終わらせて満足させるほかあるまい。
 僕は徹底的に校長室を調べる。革張りの回転椅子、大きすぎる机、その引き出し、ファイルが詰め込まれた棚、窓、すべて手早く調査する。
 結果、何もなかった。ただただ普通の校長室だった。異次元なんぞに繋がっているわけがない。誰だよ言い出したやつは。
「ほら、やっぱりガセだった」
 まだ熱心に床を調べている先輩に声をかける。
「諦めて早く戻りましょう。マジで怒られちゃいますから……あれ?」
 出入り口の扉が開かない。何度ドアノブを回して押してもびくともしなかった。固い、というより空虚な感触がする。幽霊に触ったらこんな手触りがするのだろうか。
「なんだ、どうした」
「帰れないんです」
 先輩もドアノブを回す。結果は同じだった。閉じ込められたのだ。
「どういうことだ? 窓も開かないぞ」
 先輩は顔をほころばせる。
「まさか校長室が異次元に飛ばされたのか? それにしちゃ外の景色は普通だな。いやこの学校が異次元に転移したという可能性も……」
 早口で呟く様は本当に楽しそうだ。まるでこのまま閉じ込められていたいと思っているかのように。そうか。そういうことか。
 僕は意気揚々と歩き回る先輩の前に立ちはだかる。先輩は不服そうな目をした。
「なんだよ、お前ももっと喜べ。こんな楽しいことはないだろ? 今までの部活だってそうだったじゃないか」
 確かに、先輩と過ごす日々は楽しくないと言えば嘘になった。けれど、それとこれとは話が別だ。
「僕、卒業できないです。出してください」
 僕は先輩の腕を掴もうとした。そこに人の温かみはなく、やはり空虚な感触がした。
「それでいいじゃないか。お前も怪談の一つになれよ」
 半透明の先輩が笑う。この学校に長年住んでいる、寂しがりやの幽霊が。思ったとおり、この異常事態は先輩が作り出したものなのだ。
「僕、卒業してもまた来ます。やたら帰ってくる謎のOBとして、怪談になるくらいに」
 だからお願いします。僕は頭を下げた。先輩との三年間はとても刺激的なものだった。入学したその日に幽霊に出会った衝撃を、今でも鮮明に覚えている。でも僕は生きている人間だ。いつまでも学校にはいられない。先輩は目を閉じて溜め息をつく。
「……絶対だぞ」
 かしゃん、と軽い音がする。扉が開いた。
「ありがとうございます、先輩」
 校長室を出る。早く教室に向かわなければ大目玉を食らってしまう。
「ああ、一つ言い忘れてたな」
 先輩の声に振り返る。僕の青春はこの人とともにあったと言っても過言ではない。
「卒業、おめでとう」
(了)