本屋大賞作家・宮下奈都さん流エッセイ術とは「出し惜しみしないこと」【エッセイ初心者必見】


人気作家がエッセイ指南。本屋大賞受賞の宮下奈都さんには「一息つけるエッセイ」を、翻訳家でもある村井理子さんには「心が震えるエッセイ」を、社会派の山崎ナオコーラさんには「考えさせられるエッセイ」を教わろう!
宮下奈都さんに秘訣を聞く 一息つけるエッセイの書き方
小説と同じく、エッセイを書いても人気の宮下奈都さんに、何気ない日常を題材とした、ほっと一息つけるエッセイの書き方について聞いた。
一息ついてもらいたいと思って書いている
2016年に本屋大賞を受賞した『羊と鋼の森』の文章はとても静謐な筆致で、そこからイメージされる宮下奈都さん像は真摯で硬い人だったが、エッセイ『ワンさぶ子の怠惰な冒険』では、飾らない文章で日常がつづられ、「そういうことってあるある」と共感を覚え、大いに笑わせてもらった。
その源は、日常の中で流れていきがちな出来事をとらえる目のよさにある。そこに息づく小さな感情をすくいとって文章にしているから、読む人に感興を起こす。
そうしたエッセイを書く方法をこれからひもといていこう。
『ワンさぶ子の怠惰な冒険』
宮下家の5人と1匹の3年間をつづったエッセイ。思春期の子どもたちとの日々が日記のように記されている。愛犬ワンさぶ子が書いたと設定された箇所は犬の気持ちで読める。家族の笑顔と涙と笑いに満ちた1冊。
思わずクスッ! 『ワンさぶ子の怠惰な冒険』の中の一節
もうすぐ北海道への家族旅行。出発前に少しでも宿題を終わらせようと、問題集と格闘するむすめ。これわかるー、豊臣秀吉だー、とはりきって答えようとした問題の選択肢に豊臣秀吉がなくて急に静かになった。
「新刊が出たんですね」といってくれた人がいた。「楽しみにしてたんです。図書館で借りて応援します」。そうわざわざいわれると、応援するってどういうことだっけと言葉の意味を知りたくなる。(後略)
突然カキフライが食べたくなっておろおろしている。(中略)
「ママ、うどん屋さんにあるよ!」
 そのうどん屋さんは、讃岐うどんのチェーン店。(中略)
 ところで、カキフライが、ない。
「え、あるよ」
 むすめが指したのは、違う、それはかきあげ。(後略)
自分の心が動いた瞬間を切り取り、きちんと伝える
宮下奈都流、エッセイを書くときに必須の心構えとコツについて聞いた。
すごくないのに、すごいふりをしない
——ふだん、どういう気構えでエッセイを書かれていますか。
エッセイには「役に立つエッセイ」と「面白いエッセイ」があると思うのですが、私には役に立つエッセイは書けないと自覚しており(笑)、「面白い」までは難しくても、明るい気持ちや懐かしい気持ちを感じてもらえるものを書きたいと思っています。
——かつてはエッセイの依頼を断っていたとか?
エッセイはノンフィクションのように全部さらけ出さないといけないと思っていて、小説のように作り込めないし、お断りしていました。でも、書かないことがあってもいいと気づいてからは、起承転結もつけやすいですし、書きやすいものになりました。
——小説より書きやすい?
小説にはパッションが必要ですし、作り込まないといけませんが、エッセイは「何か起きたときに、自分の心がどう動いたか」がわかればいいと思うんです。そこをきちんと切り取ることです。
ただ、読み手がいる意識もなく、楽に書けばいいと思っているようなエッセイは違うと思います。
——エッセイを書くためには、いろいろなことに興味を持ったほうがいいですか。
それも大事ですが、私は一つのことを突き詰めて掘り下げたようなエッセイが好きです。
——思いついたことは、メモしたほうがいいですか。
できれば、ある程度書いてしまったほうがいいと思います。場面やキーワードだけメモしても、そこに至る思考の過程ってすぐに流れていってしまい、忘れてしまうんです。私の場合はあとでメモを読んでもだいたい役に立ちません。
——宮下さんは子どもの頃から作文が上手だったのですか。
作文はよく褒められました。文章がうまいというより、文章にする前に、いろいろなことを感じ、その感情を出していたことが評価されたのだと思います。何かしらの感情が動くようなエッセイにしようという思いで書くといいと思いますね。
——エッセイを書く心構えやコツを三つ挙げるとしたら?
まず、話すように、素直にストレートに書けばいいと思います。
——身の丈以上のことを書こうとすると、変に硬くなったり、難解になったりします。
すごくないのに、すごいふりをしないことです。小説を書くときもそうですが、格好をつけて書いても絶対バレます。その人が本当に感じたことや本当に考えたことしか伝わってこないので、気取らずに素直に書いたほうがいい気がします。エッセイって人柄とかも出てしまいますし、よく見せようと思って書いたら、よく見せようと思ったところが出てしまうんです。繕おうと思わずに書くことが一番です。
——二つ目のコツは?
もう一つは、核を決めること。どんなに短い文章でも、これを書きたいんだということがないとまとまりませんし、核があれば題材も集まってきます。『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。』を連載しているときは不思議と食に関する題材を思いつきました。核を決め、そこに意識を向けることが大事だと思います。
——書きたいことなしに書いても、面白くはなりませんよね。では、三つ目のコツは?
出し惜しみしないこと。この部分は次に取っておこうなどとは考えず一球入魂する。私も常に「この一編しか読んでもらえないかもしれないのに、出しきらないでどうする!」と思って書いています。
宮下奈都
1967年福井県生まれ。2004年「静かな雨」で文學界新人賞佳作。初の長編小説『スコーレ№4』が話題となり、2016年『羊と鋼の森』で直木賞候補、本屋大賞受賞。『神さまたちの遊ぶ庭』などエッセイも人気。
※本記事は2021年11月号に掲載した記事を再掲載したものです。