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伏線とは何か?:伏線の2大機能とは?|伏線の魅力#01

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小説
「伏線」の魅力
特集

Chapter 2 
伏線の2大機能、「納得感」と「意外性」

納得感を生む

小説はフィクション、嘘の話だが、私たちはその嘘に乗っかり、「うまく騙してね」と思って読む。しかし、あまりにも嘘が下手だと冷めてしまい、「なんだか作り話みたいだ」と思ってしまう。

「作り話みたいだ」って、小説はそもそも作り話だが、しかし、そうであるがゆえに、本当の話であるかのようにリアリティーを出さないと読者は面白がってくれないし、納得もしてくれない。

森村誠一さんは「人工性が尊重される」と言っている。
小説は自然の野山を見せるのではなく、人工的に自然を模して庭を作ることに近い。
読者は「展開に無理がない、極めて自然だ、まるで本当にあった話のようだ」と思うが、その実、自然だと思えるように作者が人工的に作り込んでいるというわけだ。

この「自然な展開」の反対が、ご都合主義だ。
ご都合主義とは、「そんな展開、普通ある? そんなの、作者の都合でしょ?」という展開のこと。

たとえば、コンビニの店員に新たに男が加わる。あるとき、強盗がレジの金を奪って逃げるが、男は防犯用のオレンジのボールを投げ、30メートルも先を走る犯人の背中に命中させる。

このとき、「運よく命中した」で終わらせると、読者は「そんなに運よく命中するものですか。無理がある」と思ってしまう。
それならばと、「自分は以前、プロ野球でピッチャーをしていました」と辻褄合わせをしてもいいが、どうせなら前もってほのめかしておく。

ほのめかすのだから、入社早々、「自分は以前、プロ野球でピッチャーをしていました」とは言わせない。それだと面白みがない。

では、どうするか。
たとえば、以下のような伏線(布石)が考えられる。

・主人公はこの男を見て、「あの特徴的な鼻、どこかで見たことある」と思う。
(男が現役時代、何度かスポーツニュースでちらっと見ていた)
・「年収」のことを「年俸」と言ってしまう。
・お店の間口を見て、「18.44メートルぐらいか」と謎のことを言う。
(ピッチャープレートからホームベースまで18.44メートル)

という伏線を一つ以上(数は伏線の重要さに比例する)入れ、ストーリーを自然に、面白く作り込む。
「実は」ということをあとで書くからご都合主義的と言われるのだから、前もって書いておけばいい!
すると、「実は」と事実を明かしたとき、「ああ、だからか」とあらかじめ張っておいた伏線が読者の脳裏に甦り、納得感となる。

意外性を生む

ストーリーを自然に運ぶ伏線(布石)の場合は、意外性より納得感のほうが大事だが、結末に絡み、最後にひっくり返すための伏線の場合は、意外性が必要だ。

たとえば、以下のような場合、ちょっとは驚くかもしれない。
「その新入社員は品がなく、身なりもパッとしないが、実は社長令嬢だった」
ただ、ひっくり返すためにはいくつか伏線を張っておく必要があるが、伏線が多ければ多いほど、「もしや」と思われるリスクが高くなる。
しかし、だからと言って、あまりにもさりげなさすぎても読者が気づかない。

では、どうすればいいかと言うと、杉江松恋さんは、「堂々と書く」と言っている。
「新入社員は、実は社長令嬢」という設定であるなら、社長令嬢であることを堂々と示すのがいいと言うことだ。
「でも、それではバレてしまうのでは?」と思うかもしれない。

そこでミスリードだ。
ミスリードはMisread(誤読)ではなく、Mislead、読者を誤った方向に引っ張っていくこと。
どのように引っ張るかというと、典型的なのは先入観を使うこと。
たとえば、「トラックの運転手」「学生」「日本人」と書く。

すると「男性」「若い人」「日本語母語話者」と思ってしまうが、トラックの運転手にも女性はいるし、萩本欽一さんのように高齢になってから学生になる人もいる。また、国籍は日本だが、外国生まれで外国育ち、日本語は話せない人だっているだろう。
しかし、「実はそうだった」としても、作者は嘘はついていない。読者が勝手に思い込んだだけだ。

もう一つ、読者をミスリードする有効な方法がある。
それは、ひたすら作品を面白くすること。
単純な話だが、作品に魅了されていると、「これは伏線か」と考えている余裕がなくなる。いや、考えたくないと言ってもいい。なぜなら、そのほうが楽しいから。皆さんもそうではないだろうか。

では、最後に面白さがミスリードになっている有名な作品で示そう。

ネタバレ!

映画「猿の惑星」
1972年に地球を出発し、半年、宇宙にいたテイラーたちは、地球に帰還する際、冬眠状態に入る。ところが、トラブルがあり、ある未知の惑星に不時着する。
上陸してみると、この惑星は文化と言葉を持った猿に支配され、人間は知能が低く、言葉も話せないとわかる。
この惑星の「聖典」には、知性のある人間は滅びをもたらす悪魔であるとあり、「危険地帯」には行ってはいけないと書かれている。
結末でテイラーはこの「危険地帯」に逃れるが、そこには大都市の残骸と倒壊した自由の女神がある。

最後にテイラーが「ここは地球だったのか」と言うセリフが有名だが、猿が支配する惑星という現実にミスリードされ、その後は映画の面白さにどんどん引き込まれてしまい、まさか猿の惑星が2000年後の地球だとは思わない。

しかし、映画がつまらなければ、途中で冷静になってしまい、「地球に帰還しようとしていたのだから、ここは地球ではないのか」と思う人もいたかもしれない。そうなると、最後にテイラーが言う「ここは地球だったのか」のセリフも白けてしまい、「最初からそう思っていたよ」と言われた可能性もある。

まとめ。
伏線は堂々と張る。しかし、それでは結末がわかってしまうので、ストーリーをひたすら面白くして伏線に気づかれないようにミスリードする。