公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

「社葬vs食堂おかめ」後半の伏線と回収|伏線は「裏」から生まれる

タグ
小説
「伏線」の魅力
特集

「社葬vs食堂おかめ」後半の伏線と回収

「社葬vs食堂おかめ」後半のプロット

シーン11:羽田空港

遺体が送還されてくるが、そこにはめぐみの遺体がある!
紳士服の「大波」の総務部長井村は「このままでは済まさんぞ」と怒り心頭。
エンジェルハース社は「空のまま葬儀をするのは珍しくありません」と反論する。

【伏線の技法:暗示の回収】

シーン9で那美が見せた納得のいかない表情という暗示が回収される。
那美は最初に送還することになっていた田舎の食堂の女将の遺体を優先した。道義的には正義ではあるが、同時に、大企業の大波社長の葬儀はどうなるのだという問いを投げかけている。
ちなみに、「空のまま葬儀をするのは珍しくありません」は一理ある。こぢんまりした葬儀では中を覗きやすい。それに対して大きな葬儀ではステージの上に棺が置かれ、参列者は舞台に上ってまでお別れはしないため、大企業の社長の葬儀のほうが空のままでやりやすいという納得感がある。

シーン12:吉崎家の葬儀

息子と娘は「最後に親孝行ができた」と言う。
回想に入り、韓流アイドルにハマっていためぐみに、息子と娘がソウルでのコンサートチケットをプレゼントしたことがわかる。
めぐみはかかりつけの医師に韓国行きを相談し、医師は「すぐに検査したほうがいいんですが」と言うが、めぐみは「来週には精密検査を受けますから」と言って韓国に行く。
コンサートは無事終わり、夜、めぐみはホテルから息子たちの電話し、「ライブはステキだった。席もよく、私、ソヨンさんと目が合ったの」と喜びを口にする。

【伏線の技法:暗示】

医師の「すぐに検査したほうがいいんですが」は、めぐみが危険な状態になる暗示。

【伏線の技法:リフレイン】

ここでもまた「私、ソヨンさんと目が合ったの」が繰り返され、亡くなる前にいい思い出ができたことが強調される。

シーン13:葬儀会場にいる井村

部下に「棺は空でやる」と言い、辞表を持って棺の前に行き、遺体に向かって「俺をぶっとばしてくれ」と言う。
その後、回想に入り、冒頭の少年、親分とチビは、親分のほうが井村総務部長で、チビが大波社長だと明かされる。井村はバブル崩壊後、会社がつぶれて没落していたが、紳士服の「大波」の社長となっていた大波に拾われ、総務部長に抜擢されたとわかる。
だから、井村総務部長としては是が非でも葬儀を成功させたかった。
再び回想となり、大波と井村は韓国にて韓国出店を祝っている。そこに女性(娼婦)が現れる。
井村総務部長は独身の大波社長のために娼婦を用意し、「これはボスからの命令だ」と言い、余計なプレゼントをするが、結果、大波社長は腹上死する。

【伏線の技法:倒叙の回収】

シーン1で提示された「なぜ社長はソウルのホテルで死んだのか」という謎がここで回収される。
と同時に、シーン7やシーン11で、なぜ井村総務部長がなぜ総理大臣が列席する葬儀に固執するかがわかる。

【伏線の技法:逆転の伏線の回収】

シーン2では「ボス=大波、チビ=井村」と思われたが、これは逆だったとわかる。

シーン14:再び葬儀会場にいる井村

井村は後悔している。
「拾われたときに決めた。葬儀には総理を呼ぶと。それなのに余計なこと(娼婦を呼んだこと)はするわ、最後にヘマ(葬儀に遺体が間に合わなかったこと)をするわ、すまない、社長」
そこに「部長!」と声がかかり、外に出ると大波社長の棺が届いている。

【伏線の技法:新たな謎の回収】

「え? 大波社長の遺体も間に合った?」視聴者は再び驚く。めぐみの遺体を優先したはずなのに、なぜ大波社長の遺体まで届くのか。新たな謎が生まれ、次のシーンへの期待感が高まる。

シーン15:韓国の那美と凛子

七時間前。仕方なく大波社長の遺体搬送を優先したときに戻る。部下の凛子が言う。
「現実的には大波社長の遺体を優先すべきです」
「あんたには情ってものはないのか」
「では、吉崎めぐみさんの遺体を優先するんですか」
問いつめる凛子に那美が啖呵を切る。
「両方に決まってんだろ」
台風の影響で日本行きの便はもうなかったが、逆方面の上海行きの飛行機に乗せ、上海経由で羽田まで遺体を送還したことがわかる(その後、総理大臣が弔問に来て一件落着)。

【伏線の技法:謎かけの回収】

シーン9では、大企業の大波社長の葬儀はどうなるのだという新たな謎が生まれたが、それをここで回収(解決)している。いったん逆方向の上海に飛んだという逆転の発想に納得。

シーン16:吉崎家

葬儀が終わった夜、故人にお詫びをしたいと老婆とその娘が訪ねてくる。聞けばソウルでのコンサートに行ったが、チケットをなくしてしまい、意気消沈してそのまま帰ろうとしたとき、めぐみに声をかけられ、「私はいつでも来られますから、どうぞ」とチケットを譲ってくれたのだと。老婆は「まさか亡くなるとは」と泣く。
遺族の息子と娘は困惑する。
「じゃあ、お母さん、コンサート観てないのか。どれだけ自分をあとまわしにするのか。私たちにはあんな嘘までついて」
しかし、息子と娘は涙を流しながら納得する。
「だけど、お母さんらしい」

【伏線の技法:リフレインの回収】

「お母さんはあとでいいから」とずっと強調されていたことが最後に回収される。
最後のシーンはなくてもストーリーが成立するが、これがあることで「お母さんはあとでいいから」と言っていた人柄との整合性がつくとともに、自己犠牲の人生が賛辞され、大きな感動を呼ぶ。

※注:ここで分けたシーンは、編集部がわかりやすいように便宜的にわけたもので、実際の脚本のシーン番号とは異なります。

創作はすべて伏線でできている

「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」の「社葬vs食堂おかめ」のストーリーを見てもらった。
ストーリーは、「二つの棺を明日日本に送還しないといけなくなり、知恵を絞り、両方とも送還した」というシンプルなものだが、その中にめぐみのストーリーと、大波・井村のストーリーを交錯させている。
それだけでも面白いが、随所に伏線と回収があり、それが意外性と納得感を支えている。

こうしてみると、「ドラマの中に伏線が仕込まれているのではなく、ドラマ(小説も)は伏線でできていることがわかる。
「どこにどう伏線を仕込もう」ではない。あらゆるものが伏線である。そう考えてストーリーメイクに取り組んでみよう。