もはや広告コピーに句読点は普通|俳句・短歌、広告コピーの句読点


戦前の広告キャッチコピーを見ると、句読点はほとんど使われていない。
句点(マル)はもちろんだが、文章のようなスタイルが少ないため、読点(テン)を打っているキャッチコピーも少ない。
では、広告コピーにはいつ句読点が採用され、何がきっかけで一般化していったのだろうか。
ここでは広告コピーと句読点の関係について探っていく。
広告コピーはキャッチコピーのこと
ここで言う広告コピーとは、キャッチコピーを指す。
本来、広告コピーは、キャッチコピーとボディコピー(本文)を指すが、ここではボディコピーは除いている。
ちなみに、コピーは「写し」の意味で、印刷が普及するにつれて「原稿」を意味するようになった。戦前は今で言うコピーライターは広告文案家と言ったそうだが、1970年代には「コピー」という言葉が浸透してきている。
「コピー機のこともコピーと言うし、紛らわしい」と思うかもしれないが、それは「ヤバい」というのを文脈や場面で区別するように、この場合は広告コピーのことだなと見分けるしかない。
話が脱線するが、1970年代、やはり「コピー」と「コピー機」が紛らわしく、広告業界では「コピー機」のことは「ゼロックス」と呼んでいた。
「絆創膏」のことを「カットバン」と言うがごとしだが、昭和の頃は下位概念をもって上位概念を表す提喩で普通名詞化することが多かった。
「ホッチキス」「セロテープ」「バンドエイド」「マジックテープ」「ウォシュレット」「プチプチ」、もっと古くは「ラビット」(原動機付き自転車)という言い方もあり、それを普通名詞だと思って使っていた。
角野栄子さんの『魔女の宅急便』もクロネコヤマトの宅急便の意味でつけたわけではなかった。映画化の際に「宅急便」が固有名詞(登録商標)であることがわかって問題になったが、ヤマト運輸がスポンサーに入ることで解決したというエピソードがある。
本来は『魔女の宅配便』とするべきだが、『魔女の宅急便』が出版された1985年当時は、ペリカン便も飛脚宅配便もひっくるめて宅急便と言っていたのだ。
以上、余談。
大昔の広告コピーには句読点がない
今、『魔女の宅急便』が出てきた。児童書、およびこれを原作とする映画のタイトルだ。
では、タイトルとキャッチコピーはどう違うのだろう。
タイトル 『魔女の宅急便』
キャッチコピー おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。
タイトルは内容表示だ。
むろん、単に内容を短く説明するだけではなく、読者(消費者)を惹きつける役割もあるが、基本的には中身を明らかにすることが目的(ミステリーなどではネタバレにならないようにしないといけないが)。
一方、キャッチコピーは惹句。内容がわかり、「ああ、そうなの」と思わせるのは二の次で、「何、それ?」と興味を惹くことが目的だ。
言ってみれば、タイトルは店名であり、キャッチコピーは呼び込みの声のようなもの。
では、キャッチコピーでいかに顧客を呼び込んできたか、過去のキャッチコピーを紹介しよう。
づつうにはノーシン(大正10年・荒川長太郎本舗)
洗濯に科学の力を(昭和9年・花王石鹸)
通勤の打身にキンカン(昭和23年・金冠堂)
ゴホンといえば龍角散(昭和28年・藤井得三郎商店)
ミルキーはママの味(昭和29年・不二家)
クシャミ三回 ルル三錠(昭和30年・三共)
何はなくとも江戸むらさき(昭和33年・桃屋)
一粒で二度おいしい(昭和34年・江崎グリコ)
あたり前田のクラッカー(昭和37年・前田製菓)
男は黙ってサッポロビール(昭和45年・サッポロビール)
じっと我慢の子であった(昭和48年・大塚食品)
戦前のキャッチコピーは、全体に短い。
「寸鉄人を刺す」と言うが、一言でズバッと言っている。
これはキャッチコピーより商品名が大事という理由もある。
戦前の広告では紙面の中でもっとも大きいのは商品名であり、それを補足するようにしてキャッチコピーが置かれることが多かった。
当然、句読点が入る余地はない。
テンマルを入れるくらいなら、一文字でも多く情報を詰め込みたかったのだろう。
昭和中期から句読点が登場
戦前や昭和20年代はまだまだモノが少なく、商品数も少ない。
風邪をひいて薬を買いにいっても、今ほどは商品アイテムがないから、広告ではとにかく商品名をアピールし、もしくは、効能をつらつらと述べた。
昭和30年代、明治製菓に、
「マーブルマーブルマーブルマーブルマーブルチョコレート」
と商品名を連呼するCMがあったが、それが効果的だった。
あるいは、養命酒製造の養命酒のCMでは、
「養命酒は、胃腸虚弱、食欲不振、血色不良、冷え症、肉体疲労、虚弱体質、病中病後……」
のように長々と効能を述べていた。競合が少ない商品ではこれが効果的だった。
しかし、昭和30~40年代、高度経済成長期になると商品数が飛躍的に増えた。
そうなると広告の仕方も工夫しなければならなくなり、その流れの中で、長めのキャッチコピーや「ねえ」といった呼びかけ系が登場し、キャッチコピーに句読点(厳密には読点)が現れる。
たとえば、以下のようなものがそうだ。
昔ガリ勉いま、録勉(昭和38年・東芝テープレコーダー)
おめえ、ヘソねえじゃねえか(昭和39年・興和新薬)
わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい(昭和43年・丸大食品)
ほっかほかだよ、おっかさん(昭和50年・大塚製薬)
1980年代(昭和55年~)になると、さらに商品アイテムは増え、普通に商品PRや説明をしているのでは、他社製品との差別化が図れなくなる。そこで「印象」という手法が導入される。
それがPARCOのCMだった。
ハドソン川を着衣のまま泳いでいる男がいて、「なんだ、このCM?」と思っていると、最後に「PARCO」とだけ出る。
結果、「PARCOってなんだよー」となり、なんのCMかはわからないが、とにかく印象には残った。
で、句読点だが、この時代のPARCOや西武百貨店のCM以降、キャッチコピーに句読点(特にマル)が現れだす。
たとえば、糸井重里作のこんなコピー。
不思議、大好き。(昭和56年、西武百貨店)
おいしい生活。(昭和57年、西武百貨店)
ほおずきが、鳴った。(昭和58年、PARCO)
想像力と数百円。(昭和59年、新潮文庫)
あなたに会えて、よかった。(平成3年、『おもひでぽろぽろ』)
1980年代のPARCO、西武百貨店のCM、および糸井重里という存在はインパクト大で、これ以降、広告コピーの大半に句点(マル)がつくようになる。
句点付きのキャッチコピーが主流に
最近の広告コピーを見てみよう。
意図的に集めたわけではなく、ほとんどのキャッチコピーにマルがついている。
考える人に。(日本たばこ産業)
ちょっと言い過ぎたかなと思った夜は、そっと煮物を出す。(ヤマサ醤油)
家に帰れば、積水ハウス。(積水ハウス)
ライバルだった、友だちは。(資生堂)
がんばる人の、がんばらない時間。(ドトールコーヒー)
私たちは、家族の温暖化に賛成です。(味の素)
家でメガネを買おう。(J!NS)
キリがないので、これぐらいで。
1990年代には、キャッチコピーに句点をつけることは普通になっていた。
それも文章になっているものだけではなく、
汗水の価値。(住友商事)
のようなキャッチコピーにもつくようになった。
こうなるとキャッチコピーだけでなく、タイトルにも影響する。
1980年代以降で、タイトルに句点がついた楽曲を挙げてみよう。
もしも明日が…。 (1983年・わらべ)
君に、胸キュン。 (1983年・YMO)
どんなときも。 (1991年・槇原敬之)
こうした世の中の流れの中で、1997年にデビューしたアイドルグループが、
「モーニング娘。」だった。
当時、「あのマルはなんだ」と違和感があったが、これが重要だった。
句点はそこで終わりという記号だから、タイトルやキャッチコピーに区切りがつく。
広告や表紙の中でしまりなく浮いているのではなく、「はい、ここで終わり」というメッセージ性があり、それが印象につながる。
しかし、「!」や「?」ほどは訴えかけてこない。
そこがよかったのではないだろうか。