第6回「小説でもどうぞ」作品講評
今回はもう選ぶのがたいへんでした。はっきりいって、傑作ばかり。やはり、テーマが「恋」だからなんでしょうか。
北島雅弘さんの「面影」。ずっと泣いている赤ちゃんの様子が変だ。理由がわからない。「彼女」はなんだか不安になる。深夜、ついに若い親である「僕」と「彼女」は赤ん坊を医者につれてゆく。そして、赤ん坊の身に……というと、どんな恐ろしい結末が、と思うけれど、大丈夫。単なる「癇の虫」でした。そこからは怒濤の展開で、いっきょに「赤ん坊」は大人になり、自分の赤ん坊を妊娠しています。どこが「恋」なのかは、最後にわかるのだけれど、ちょっと不自然(どこがかは内緒です)なところが惜しかったですね。
猪又琉司さんの「代筆屋」。「八頭身のイケメン男子・海聖が、校門の前で私を待ち伏せ」てる。えっ、マジ? そう思ったら、LINEやメールで恋の「代筆屋」をやっている「私」への依頼だったのだ。なんだ、ガッカリ。しかも、話を聞いてみると、その相手というのが「百戦錬磨のモテ女・華代」というのだ。あーあ。けれども、仕事だから仕方ない、「海聖」にアドヴァイスをしているうちに……となると、なんだか結末が予想できそうでしょ? その通り。それが残念だったかな。
橋本祐樹さんの「ハローグッドバイ」は、結婚相談所で紹介された「彼女」とデートすることになった「僕」のお話。「最近、なにか気になっているものってありますか」と訊くと、「ことごとくついていないです」という回答。変ですよね。そして、とりあえず付き合い始めたのに、なぜか突然、彼女から一方的にふられてしまう。いったいなぜ? それは……考えてみてください。最後は、ちょっと神秘的な結末。説得力がちょっとだけ足りなかったかもしれない。
酒井博子さんの「光る君の背に」、すごく面白かったです。「私」は「皆見くん」から「斉木さんって俺のこと好きだよね」といわれる。「返す言葉に詰まった」のは、図星だったから。さあ、どうしよう。そして、その夜、同じゼミのふたりは、ついに結ばれるのである。めでたし、めでたし……ではありません。なぜかっていうと、めでたいはずの初体験のその瞬間、「皆見くんの肩越しに知らない女と目が合った」のだ。えええっ! その理由は……ヒントは、ふたりが所属しているのが『源氏物語ゼミ』ってこと。でも、このヒントでもわからない人はけっこういそう。ちょっと高級すぎて。実は、そこが弱点。惜しい!
大汐いつきさんの「かなた」の登場人物は「男」と「女」。この抽象的な名前のふたりの、抽象的な物語というところが、この短編の特徴だ。冒頭の一行は「男と女が出会い、ともに時を過ごし、別れた」。そして、男は東へ、女は西へ。できるだけ「相手から離れ」るために遠くへ向かう。けれども、正反対に向かったのに、行き着いたのは、結局、同じ町だった。さて、ふたりは再び出会ったのか。出会いました。どんなふうに? 想像してください。こういう結末もあるんですね。感心しました。
村木志乃介さんの「ハンカチ落としましたよ」の主人公の「僕」は、いつも通る雑貨屋の前でハンカチを拾う。もしかしたら、気になっているこの店の彼女のものなのか。だとしたら、この一枚のハンカチが、出会いのきっかけになるかも! 誰だってそう思う。だから、「僕」は、ハンカチを持って店に入る。でも、情けないことに、緊張して声が出ないのだ。ああ、このままでは、ダメだ。勇気を出して、「僕」はハンカチを彼女に差し出すのである。しかし……こう来ましたか。面白かったです、この結末。えっと、「僕」にとっては残念な結果に終わりましたけれど。
田中ダイさんの「白磁の君」は、美しくも悲しい恋心を描いて秀逸。こちらが最優秀作でもよかったほど。偶然ギャラリーに入った「私」は、美しい焼き物を見つける。それを作ったのは「ミウラさん」。もちろん、手に入れるのだけれど、それは、焼き物と同時に彼に恋してしまったからなのかもしれない。「ミウラさんの皿」の上では、どんなものも美味しく感じたのだ。あるとき、「ミウラさん」の「二人展」に行くと、彼の横には「一目でパートナーとわかる女性」がいた。ああ失恋……そのとき「私」がとった行動が素敵だと思いました。そうでなくっちゃね!
そして、市田垣れいさんの「雪」。これは実にシンプルなお話。大阪に雪が降ったある日、「私」は電車に乗った。座る席は決まっている。「二両目の連結部にいちばん近い座席」。なぜなら、毎朝、「彼」の顔を見るためだ。彼が電車を降りるまでの十五分、「私」はずっと「彼」を観察する。どこの高校生で部活は何で、何を読み、名前は何か。「ジグソーパズルのピース」みたいに情報が付け加わってゆく。そして……最後にはびっくり。こう来るのかあ。お見事でした。