公募 第1回 中野重治賞
趣旨
作家中野重治は1937年(昭和12年)8月2日、講演旅行の途次富山県の氷見に立ち寄った。軍国主義下にあって、執筆禁止処分中であった。唯物論哲学者戸坂潤が同行していた。戸坂は敗戦1週間前に獄死した。
氷見の唐島に案内したのは、光照寺住職冨樫弘人だった。中野と戸坂がそこでの風光を詠み、色紙が光照寺に残された。
中野の抒情詩は、その韻律が人間の具有するナイーブさに生動し、心髄に消化される激しさと強さを持っている。一方、人間性を抑圧するものに対しては果敢に抗する作品を書いた。
この抒情詩と社会詩の両面を持つ詩人は、日本詩壇の中でも屹立しており、その詩精神を顕彰し、ここに賞を新設するものである。