W選考委員版「小説でもどうぞ」第4回「老い」選考会&結果発表
選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。
小説家。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、群像新人文学賞、文藝賞などの選考委員を歴任。
1989年、「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞受賞。2008年、『切羽へ』で直木賞受賞。
というだけでは
小説にならない
嫌な感じがなければ
高橋女性が同級生と若返りツアーに参加し、本当に若返る。なかなか面白い設定で、アイデアはいいなと思ったんですが、最後の結論があっさりしすぎているんじゃないかな。もう少しひねってほしかったので△です。
井上私は×プラスです。最後の3行、〈幸子のように、もう一度、恋する季節を生きることを選ばなかった。/何十年もかけて手に入れた、恋などに心揺らされずに済む人生。/手放すなんて、できる筈はなかった。〉は、なんで?と思ってしまいます。ここをじっくり書き、説得力を持たせてほしかったですね。
井上七十八歳の老人のところに「思い出の品を買い取りいたします」というチラシが入って、高値で買い取ってくれることになったが、やっぱり売らないという話。途中で結末がわかってしまうし、思い出が大切なのは当たり前のこと。ちょっといい話というだけなので×にしました。
高橋井上さん、厳しいね(笑)。ぼくはいい話に弱いので、△マイナスにしました。思い出が大切であることに気づくという善の勝利のところがチャーミングです。難を言うと、思い出買い取り屋が謎。
井上そうなんですよ。
高橋でも、思い出買い取り屋について書いてないところが好きで。
井上え? そうなんですか。
高橋思い出買い取り屋は存在したのかどうかもわからない。作品から離れますが、神様が送り込んだのか、記憶のエアポケットに住みついているのか、そういう役割を持った人物とも読めます。
井上そうか、何かを気づかせるために存在している……。でも、私はやっぱり思い出買い取り屋がなぜ思い出を買い取るのかを知りたかったですね。
高橋妻は自分のことを好きではなかったのではないかと疑っている夫がいて、そこに兄の破産申立書が来る。最後に破産申立書も離婚届もやぶくのですが、何を書こうとしていたのかわからない。いろいろ忖度しないと読めず、話が作れていないかなというところと、あまり「老い」と関係ないので、ぼくは×です。
井上私も×です。妻はずっと電卓をたたいているのですが、それが実は……となるのかと思ったら、ただたたいているだけ。それとこれもちょっといい話というだけという気がします。
井上これは△にしました。奥さんの誕生日プレゼントを買いに行ったら、ブレーキとアクセルを間違えてお店に突っ込んでしまい、そこに奥さんが危篤という知らせが来て、帰ろうとしたら道を逆走してしまう。車ごと吹き飛ばされたあたりで、これは夢かなと思ったら、やっぱり夢でした。夢オチですが、高齢者の交通事故がよく起こる今の社会を書こうという意気はよしと思います。 ただ、結末がちょっとつまらない。本当に夢を見たのではなく、話を創作しておばあさんに語っていると設定したらもっと面白かったと思います。でも、夢の作り方は面白かったです。
高橋夢オチは難しく、なんだ夢かということが多いのですが、この作品は意外と嫌な感じがなくて、人柄のいい文章でした。暴走してしまったのでいい話ではないはずなんですが、読後感はよかったです。なので△です。
となるが、なって
ないところがいい
気にしなくていいが
高橋これは〇です。主人公は40歳で、高齢者ではないなと思ったのですが、これがうまいところで、誕生日に買ったおしゃべり家電が老化するというお話。AIものって感動的でエモーショナルなものになることが多いのですが、オプションの代金を支払えばこれからも生き続ける。この切れ味は鋭い。高齢だと必ず悲しいとなるのですが、そうなっていない。いろいろ考えさせられる話で、これが一番好きかなと。
井上私は△でした。最初は赤ちゃんだったAIが生意気な少年になり中年になり、最後、死んでしまうと思ったら、お金を払えば百年でも二百年でも生き続けるというアイデアが面白かった。でも、せっかくのアイデアを生かしきれていないというか、AIと割と普通の会話しかしていません。AIも子どものときは何も答えてくれないけど、中年であれば、「課長のことを好きになっちゃったんだけど、課長には奥さんがいるの」とか相談してもいいのにと思いました。それで自分より年上になったAIに説教され、だんだんAIが嫌になっていったら面白いのになって。それとAIも百歳になったらボケるんじゃないかな。SFなのでそこはきっちりやってもらいたかったなと思います。
井上「おいばあさん」と言っていたら、奥さんが返事をしなくなり、それは「おい」が「老い」に聞こえて気が滅入ったからという話。最後に「和解しよう」と言いますが、「和解」が「若い」をかけているという落語みたいな話です。今の時代に「おい、ばあさん」としか伴侶を呼ばず、家のことも何もしない男が、「和解」という言葉でチャラにしようとするところがあまりにも感覚が古くて、読んでいて頭に来る(笑)。これは×ですね。
高橋ぼくも×でした。ダジャレはいいんですが、「おい」が「老い」なら最後はなんだよ、「和解」か、まさかねと思ったら本当にそう書いてあった(笑)。老いを面白い話として書いているんだけど、読んでいる人はあまり面白くないんだよね。読者の不快感はあまり気にする必要はないけど、人間的な優しさは必要だと思います。
高橋これは×プラスでしょうか。金持ちのボンボンを誘拐しようとしたら老婆しかいなくて、仕方なく老婆を誘拐したら、老婆は家族から必要とされていなくて、渡りに船にされてしまう。この逆転はよくて、話自体は好きだったんです。ただ、〈そして、オレと老婆はあの家のボンボンを誘拐する計画を立て始めた。オレは生活のために、老婆は家族への復讐のために。〉とあるけど、この話を書いてほしかった。まだこの話の前振りなんです。話がまだ始まっていない気がするのが惜しい。
井上私はこれが〇でした。高橋さんがおっしゃるようにこれから先の話を書くべきだとは思うんですが、可哀想なおばあさんとだめなオレがボンボンの誘拐を計画するというのは、一種の反逆小説だと思うんです。「老い」を小説に書くときは、こういう反逆精神が必要だと思うんですが、それが唯一書けていたのがこの作品だと思います。 それと、老婆を誘拐するとき、身代金の〈老婆の相場が分からない〉というのが好きです(笑)。「老婆の相場」と韻を踏んでいるのも面白い。
高橋それと老婆の家族が〈「貴殿が誘拐した老婆の返却は不要です」〉と言うのもいい。返却不要って悲しいよね。
井上そこでお涙頂戴にならず、これから二人で頑張っていくというところが好きです。
評価が変わるのも
選考の面白いところ
料理の仕方が
井上これは編み物の話。妻が帽子を編んでくれると言うが、昔から網目がきつく、それで夫は断ります。しかし、でき上がった帽子をかぶってみたら割とぴったり。それで夫は〈そうか、千里、お前も年を取った。一目ごとに糸を引っ張っても、あの頃のようなきりきりとした力はもうない。その代わり、やんわりと包みこむ大らかさを身につけたのだな。〉と言いますが、ここがもう耐えられない(笑)。道徳の教科書みたいなことが書いてあるだけなので、すみません、私は大×です。
高橋ぼくは△マイナスですが、そうか、ぼくは優しいなあ(笑)。ぼくにも「許せない」という基準があるんですが、その基準が井上さんと違うんですね。この話はいい話で、それ以上でもなく、それ以下でもないけど、ぼくは許しちゃう(笑)。老いって知らないところに出てくるじゃないですか。そういうものを見る目はあると思います。認知症とか歩けなくなったとかではなく、編み物をしたらゆるくなったという観点がいいですね。ただ、料理の仕方かな。どうしたらいいかと言われるとわかりませんが、スラップスティックにしてもいいし、怖い話にしてもよかった。
井上老いて網目がゆるんだだけでもいい話にはなると思いますが、最後に〈これが生きる術か。老いることは確実に衰えること。〉とあり、これを言うために編み物を持ってきたみたいな感じがします。老いとはこういうものだと変にまとめようとしているところがあって、老いってそういうことじゃないでしょと思うんですよね。
高橋いや、「老婆と誘拐」を×プラスにしましたが、ぼくはこれを△に変更します。
高橋ぼくは「有料オプション」に〇をつけましたが、最優秀賞は「老婆と誘拐」でいいです。
井上え?
高橋これが選考の面白いところで、井上さんの話に説得されました。好きなのは「有料オプション」のほうですが、「老婆と誘拐」は最後の3行のところで点を下げたけど、捨てられた老婆と食いつめた若者が反社会的行為によって世界に復讐しつつ未来に向かうというのはいい話だよね。
井上社会の現実も書かれていますし、戦う意思も書かれています。
高橋戦う人は応援しなきゃいけません。ぼくもこれが最優秀賞と思います。