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W選考委員版「小説でもどうぞ」第3回「約束」結果発表&選考会の裏側

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作文・エッセイ
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小説でもどうぞ

選考会では両先生が交互に感想を言い合い、採点しています。作品の内容にも触れていますので、ネタ割れを避けたい方は下記のリンクで事前に作品をお読みください。

小説家。すばる文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、群像新人文学賞、文藝賞などの選考委員を歴任。

2000年『格闘する者に○』でデビュー。2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。『舟を編む』など著書多数。

ひねりがないと、
短編としてのキレがなくなる
一行空きをせず、
地の文でつなげる
――最初の作品は「死後の世界」(相浦准一)です。

高橋亡くなった夫(研二)の生まれ変わりのような人が現れるという話です。この作品には約束が二つあります。妻に死後の世界があることを伝えるという研二の約束と、研二に頼まれ、研二の死後、妻を訪れるという約束です。
 いい話ですが、終わりにひねりがないと少し寂しい。最後であまり驚かなかったところが惜しいので、ぼくは△マイナスにしました。

三浦私は△プラスにしました。プラスの部分は、冒頭の入り方がすごくうまいこと。何が起きているんだろうと読者を引き込みます。それと、ダッシュで走り去っていく夫の幽霊というのが笑えます。そんな幽霊がいるのかと。惜しいのは、タネ明かしがストレートすぎて、いい話だなあということだけで終わっているところですね。

高橋そうですね、なんかあと一ひねりあったらよかったんだけど。

――次は、「義父に会いに行く」(前川暁子)です。

三浦語り手の「私」が目覚めたのはお墓の中で、どうやら交通事故で亡くなり、夫の家のお墓に入れられたのだとわかります。で、早くに亡くなった夫の父親が話しかけてくるという話です。
 語り口にユーモアがあり、私は△をつけました。義父との会話を通して、嫁ぎ先の墓に入る問題を軽妙に問いかけています。問題提起もありつつ、墓で目覚めた当初は口が回らなくてうまくしゃべれないなど、細部をリアルに書いているところもよかったと思います。
 ただ、必要ない一行空きが多い。地の文で場面をつなげるようにすると、スムーズかつ深く心情表現ができるのかなと思います。

高橋ぼくも△です。墓で義父と会うなんて非常に面白い。しかも、年が同じ。それと一番面白いのは、墓の中で検索するでしょ(笑)。スマホは壊れてないのかよとか、火葬のときにスマホを入れたんだとか、現代っぽくて最高に面白かった。
 ただ、約束が弱い。「行ってきます」「戻っておいで」とそれだけでしょ? 夫と何か約束があってというのだったらよかったんだけど、最後に取ってつけたように約束があるというのが惜しいね。

――次は「約束のイコール」(安乃澤真平)です。

高橋これは〇マイナスにしました。主人公は受験塾の講師です。生徒が合格するとボーナスに反映し、目の前の親子と契約すると目標に到達しますが、合格すると約束するとどうしても言えない。最初、「約束のイコール」がわかりませんでしたが、これは計算機のイコールの記号ですね。
 面白いのは、父親から「合格するんですね」と言われて、「約束できません」と答えるところ。課題が「約束」だと、だいたい約束する話になるんですが、この作品は約束できないということが全体の約束になっています。一回ひっくり返っているところが格好いい。ただ、完全に〇にできなかったのはちょっときれいすぎるところ。

三浦私は△マイナスにしました。約束に対するとらえ方はひねりがあっていい。主人公の誠実さや、ボーナスがアップする!とずるいことを考えてしまうところを表現しているのもいいと思いました。
 マイナスにしたのは、文章が練れていないかなと思ったから。指示語が多いのと、やはり必要ない一行空きがあります。
 それから、当事者の中学生との交流が全く書かれていません。一人語りだから主人公の葛藤はよく伝わってきますが、どういう中学生なのかももう少し読んでみたかったです。

――次は、「ミクちゃんとの約束」(ササキカズト)です。

三浦深夜にミクちゃんに会いに訪れた「ぼく」は実はストーカーだったという話。この作品には△をつけましたが、絶妙にキモくていいなと思いました。ただ、冒頭でストーカーだろうなとわかってしまうのがちょっと残念です。
 ですが、最後に一ひねりあり、そこに作者の意図と気概を感じます。よくまとまっていて読ませる作品だと思いました。

高橋ストーカーではなかったという話なのかと思ったら、本当にストーカーなんだよね。全体的にひねりがないので短編としてのキレはないですが、この話、怖いよね。アイドルとファンの関係はある種、疑似的約束関係になっているんだなって。約束って怖いよね。

三浦約束というものがはらむ暴力性というのか、そういう側面があるなと気づかされましたね。

高橋問題作だと思うけど、これはもう少し長めの作品ならばよかった。ということで△にしました。

メチャクチャな話でもいいが、
説得してほしい
最後の一行を除けば
ほぼ完璧!
――次は「蟷螂とうろうの夫」(小口佳月)です。

高橋カマキリから進化した女性と結婚するという不気味な話で、嫌いじゃないんですよ。突っ込みどころはいっぱいあって、生物学的に無理でしょとか(笑)。SFとしてはもう少し説明が欲しい。五百万年後の世界ならわかるけど、その割には普通の世界だしね。要所要所が弱いんだよね。どんなにメチャクチャな話でもいいけど、説得してほしい。作品の世界に入れればすごく怖い話ですが、入れないんだよね。ですので、△です。

三浦私も△です。生態系が著しく崩れたという一点で押し通すところがすごいなと(笑)。怖い話ですが、とぼけた風合いがあって、お腹にカマキリの赤ちゃんが百匹以上いると言われて、「そんなにいるんだ」って。追い込まれている割には間の抜けた反応をしていて、そういうところもいいなあと。
 ただ、細部が詰めきれてない。カマキリと結婚するのが普通の世の中なのだとしたら、「カマキリと結婚します」とわざわざ種族名を言ったりはしないと思うんです。同僚の反応も「カマキリ女か」と失礼じゃありません? この設定に即した登場人物の言動をよく考えたほうがいいかな。読者が納得できるリアリティーがもうちょっと細部にあると、より説得力が増したかなと思います。
 それとカマキリの奥さんが妊娠したのは、カマキリ族の男と浮気していて、でも、浮気相手を食べたくなくて、だから人間の「ぼく」を食おうとしているのかなと思っていたんですけど(笑)。

高橋そういう話なら面白いよね。でも、そこまでは考えてないかな。カマキリと結婚するというワンアイデアだけで書いていて、細部が詰めていないと感じました。

――次は「化粧した嘘」(阿岐有任)です。

三浦父親が自堕落な生活をしていて、養育費も払わず、むしろ娘にたかってくる。それで娘は父親に生命保険をかけるという話です。
 私は○にしました。とても読ませる語り口だと思います。約束と契約の違いを論理的に突き詰めて語っていて、「言われてみればそうだ」と思いました。
 そのうえで人間関係の機微と心情を浮かび上がらせています。悪事に加担してくれる同級生はそこまで親しい仲でもなかった友達という設定で、だからこそ計略に乗ってくれるというのもリアリティーがあります。
 唯一、気になったのが最後の一行です。これはいらないのでは。

高橋全く同じです。ぼくも〇ですが、ややマイナス。
 それが最後の一行です。
 これは本当によくできた話で、ぼくは生命保険が相続財産でないと知りませんでした。リビングニーズ特約をつけないとした設定もうまい。約束を守らないお父さんに裏切られたというところから事件が起こり、全編が約束の話でできています。こんな短い中でお父さんのキャラクターも主人公のキャラクターも立っている。
 保険金をトリックに使っていて、負の財産は相続を放棄するけど、保険金はもらえるのかと思うと、この物語のためにあるような制度に思えます。テーマにも即しているし、ツールとして生命保険を持ってきたのも成功。最後の一行を除けばほぼ完璧でした!

小説はエピソードに
プラスαがあって成立する
大事なことは、
目立つように書く
――次は「ヘビ玉」(井上菜穂子)です。

高橋余命を宣告された母親が家に戻ってきて、長女はいるが、妹たちはいないと。その中でヘビ玉という花火をする。話自体は胸にしみるいい話なんだよね。でも、約束がない。

三浦私は「『お母さんが家に帰ったらすぐに顔を見に来るからね』って言ったのに」が約束かなって。長女は介護をしているのに、妹たちは約束を果たしていないというわだかまりがある。そのことを書こうとしているのかと思います。

高橋なるほど、そうですね。

三浦私は△マイナスにしましたが、長女の「私」の鬱屈した感情や母親を思う気持ちを、なかなか火がつかないヘビ玉に仮託して、閉塞した部屋のムードや、母親と「私」の関係性もうまく表現していると思います。ただ、やはり情報の提示の仕方かな。書き方が少しこなれていない気はしました。

高橋『お母さんが家に帰ったらすぐに顔を見に来るからね』は冒頭に書いて目立たせてほしかった。ぼくも△マイナスです。

――最後は「ハリセンボン・ドリンク」(神谷健太)です。

三浦浮気がばれた「俺」は妻からハリセンボン・ドリンクを飲むことを強いられるという話です。
 これは△にしました。しでかしたことに応じて辛さのレベルがいろいろあるというのが面白い。飲んだときの描写も真に迫っている。しかし、この程度の罰で浮気の虫が収まるかどうかは疑問です。そこが納得いかなかった。

高橋全くそのとおりです。ハリセンボン・ドリンクに耐えられるとわかったから、またやりますよ。ぼくも△ですが、この話はストレートすぎるね。どこかで何か引っかからないと読者の記憶に残らない。ハリセンボン・ドリンクを飲んで、許してもらって、奥さんが泣いてというエピソードだけしかない。
 小説はエピソードに付属して、こういうことが起こりましたとか、事件プラスαがあって成立しますが、それがないよね。もう一工夫してほしかった。刺激はあるけど味がないというか、作品の原材料だけだよね。作品そのものがハリセンボン・ドリンクでした。
 ということで、両選考委員絶賛で、「化粧した嘘」がダントツで最優秀賞となりました。