4.4更新 VOL.22 乱歩賞、女流新人賞、群像新人文学賞 文芸公募百年史


今回は、ミステリーの最高峰 江戸川乱歩賞、女性限定公募の草分け 女流新人賞、純文学の群像新人文学賞を取り上げる。
江戸川乱歩賞は東野圭吾、女流新人賞は宮尾登美子、群像新人文学賞は村上龍、村上春樹を発掘した文学賞だ。
ミステリーの最高峰、江戸川乱歩賞創設
昭和30年代、ミステリーの最高峰とされる江戸川乱歩賞が創設される。乱歩自身が自らの還暦祝いに基金を提供し、昭和29年に創設された賞で、当初はミステリー作家の功労賞だった。しかし、昭和32年の第3回から新進作家の発掘と育成を目的とし、公募文学賞に衣替えした。当初賞金はなく、出版された際の印税だけだったが、出版バブル期に賞金1000万円となり、当時は史上最高賞金を掲げる文学賞の一つだった(2022年の第68回から賞金500万円)。
乱歩賞にのちに有名になった受賞者はごろごろいるので、乱歩賞といえばこの人でしょ的な人だけを挙げてみよう。
第4回(1958年) 多岐川恭(第40回直木賞受賞者)「濡れた心」
第11回(1965年) 西村京太郎「事件の核心」
第15回(1969年) 森村誠一「高層の死角」
第29回(1983年) 高橋克彦(第106回直木賞受賞者)「写楽雑人事件」
第31回(1985年) 東野圭吾(第120回直木賞受賞者)「放課後」
第39回(1993年) 桐野夏生(第121回直木賞受賞者)「顔に降りかかる雨」
第41回(1995年) 藤原伊織(第114回直木賞受賞者)「テロリストのパラソル」
第44回(1998年) 池井戸潤(第136回直木賞受賞者)「果つる底なき」
第51回(2005年) 薬丸岳「天使のナイフ」
ほか、仁木悦子、陳舜臣、戸川昌子、斎藤栄、和久峻三、小峰元、小林久三、栗本薫、井沢元彦、真保裕一、岡嶋二人、鳥羽亮、福井晴敏、高野和明、佐藤究もOBだ。
ちなみに第57回(2011年)に「よろずのことで気をつけよ」で受賞した川瀬七緒さんは、次号公募ガイド(2025年春号)に川瀬さんの愛猫とともに登場する。SNSで「ネコハラ」でバズった猫ちゃん、ぜひご覧ください。
女流新人賞の受賞者にのちの直木賞作家、宮尾登美子が
江戸川乱歩賞に続き、昭和33年、中央公論社は女流新人賞を創設する。2年前に創設された中央公論新人賞に続くもので、名前のとおり女性限定の賞だ。母体となっているのは「婦人公論」で、昭和30年に創刊40年を記念して「女流新人小説」を2回公募したが、女流新人賞はこれを受けて創設された。
出世頭は、第5回(1962年)に「連」で受賞した宮尾登美子(受賞時は「前田とみ子」)だろう。同作は直木賞の候補にもなり、高知新聞でも連載を始めるが、そのまま順風満帆の作家人生を歩んだわけではなく、前夫との離婚、再婚した夫の事業失敗など波乱の多い人生を過ごしている。上京してからは女性誌のライターなどをしたのち、1973年に出世作となる「櫂」で太宰治賞を受賞し、1979年には『一絃の琴』で第80回直木賞を受賞している。
ほか、第6回(1963年)の佳作にのちの芥川賞作家、森禮子が「未完のカルテ」で入選し、第16回(1973年)には 稲葉真弓が「蒼い影の傷みを」で受賞しているが、大成した作家はあまりいない。「婦人公論」は総合誌であり、文芸誌を母体とするような文学賞のようには新人を育成するのは難しいのかもしれない。
女性誌が女性限定公募をすることは以前はよくあり、女流新人賞以外ではフェミナ賞(第1回受賞者は江國香織、井上荒野)やカネボウ・ミセス童話大賞があり、古くは大正12年にプラトン社が「女性」を母体に「女性」懸賞小説を公募し、昭和40年には「マドモアゼル」が「マドモアゼル」女流短編新人賞を創設している。
女性誌主催以外では、大阪女性文芸賞という文学賞もあったが、2022年で終了し、現在、女性限定(性自認が女性)の賞は女による女のためのR-18文学賞だけとなっている。
群像新人文学賞と言えば、村上龍、村上春樹
女流新人賞と同じ昭和33年、講談社の「群像」が群像新人文学賞を創設する。純文学系の新人賞は昭和29年に文學界新人賞、昭和31年に中央公論新人賞が創設されているが、群像新人文学賞はこれにつぐ三番手になる。
しかし、昭和30年代は「小説新潮」を中心に純文学とエンタメ小説のハイブリッドである中間小説が爆発的に売れた時代だったので、純文学はやや劣勢だった。
加えて群像新人文学賞は40~50枚の短編も可としながらも、規定枚数の上限が400字詰原稿用紙250枚以内と長く、賞創設当初は新人発掘に苦戦した模様だ。賞創設から第4回までで受賞者が出たのは第3回だけで、ほかは該当作なしだった。潔いと言えば潔いが、該当作なしを3回も出すなんて勇気がいる。文学賞は予選、本選の選考にかなりの予算を必要とするが、だからといってそれで雑誌が売れるわけでもないから、売れる新人を発掘しなかったら割に合わない。社内的にも見直しや中止を検討するよう言われたかもしれない。
しかし、継続は力なりというか、第11回(1968年)大庭みな子、第17回(1974年)高橋三千綱と注目の新人が出て、文学賞のほうも徐々に人気が高まり、第19回(1976年)に一気にブレイクする。それが群像新人文学賞と芥川賞をW受賞する村上龍「限りなく透明に近いブルー」だ。当時、乱交パーティーを描くというアンモラルな内容から石原慎太郎の再来と騒がれたが、その余韻も冷めやらぬ第22回(1979年)、今度は「風の歌を聴け」で村上春樹がデビューする。これで群像新人文学賞のカラーは決まった。
これは痛し痒しでもある。話題作と似たものでいいはずがないのに、応募者はそれが受賞傾向だと勘違いし、村上龍的なもの、村上春樹的なものを送ってくる。応募が増えるのはいいが、村上龍的でないもの、村上春樹的でないものを求める主催者としては複雑だっただろう。
しかし、さすがにその手の勘違いは10年も続かない。以降は、多和田葉子、阿部和重といった新しい才能を発掘している。
余談ながら、群像新人文学賞に関してちょっと面白いトリビアを二つ。
群像新人文学賞の受賞者の中には、のちに江戸川乱歩賞も受賞している作家が二人いる。一人は栗本薫で、第52回(1977年)群像新人文学賞評論部門を中島梓名義で受賞後、第24回(1978年)江戸川乱歩賞を受賞。もう一人は佐藤究で、第47回(2004年)群像新人文学賞優秀賞を受賞後、第62回(2016年)江戸川乱歩賞を受賞している。
群像新人文学賞は受賞作とは別に優秀賞を選ぶことがあり、いわば次点だが、この中にのちに大躍進した人が二人いて、それが第44回(2001年)の島本理生と第46回(2003年)の村田沙耶香だ。島本理生は芥川賞の候補に三度なったあと、2018年に『ファーストラヴ』で直木賞を受賞し、村田沙耶香は2016年に『コンビニ人間』で芥川賞を受賞している。次点はのびしろ受賞だと思うが、それがとんでもなくあったということなのだろう。
柄谷行人と中上健次をつなげた群像新人文学賞
群像新人文学賞のもう一つの特徴は、評論部門があること(現在は小説部門のみ)。第3回(1960年)秋山駿、第20回(1977年)中島梓、第29回清水良典、第45回伊藤氏貴を発掘している。
しかし、なんといっても白眉は、第12回(1969年)の柄谷行人だろう。蓮見重彦とともに1980年代のニューアカデミズムを牽引する文芸批評家だ。
柄谷行人はこの前年の第11回のときは「〈批評〉の死」で候補になるも落選しているが、このときの小説部門で落選した応募者に戦後生まれ初の芥川賞受賞者となる中上健次がいる。中上健次と柄谷行人はのちに盟友と言っていい関係になるが、同じ年の落選者同士だったとは奇遇だ。
しかし、この二人が盟友となったのは偶然ではない。結びつけたのは遠藤周作だった。遠藤は当時、「三田文学」の編集長をしており、手っ取り早く有為な新人を見つける方法はないかと考え、「群像」編集部に頼み、候補になりながら落選した人を紹介してもらった。柄谷行人によると、遠藤周作に呼び出されて訪ねていくと、そこに中上健次がいたという。後世の人がその場にいたら腰を抜かすぐらいのビッグ3だ。
それにしても落選者を紹介してもらうなんて遠藤周作もやることがエグい、いや、合理的だ。サッカーのレンタル移籍みたいなものか。移籍先で活躍し、成長して古巣に戻ってくることもあるから紹介するメリットもありと「群像」は考えたのか、あるいは断れなかったのか。いずれにしても柄谷行人は落選した翌年に「〈意識〉と〈自然〉―漱石試論」で群像新人文学賞を受賞し、『日本近代文学の起源』『隠喩としての建築』などの名著を残す。中上健次は46歳の若さで亡くなるが、こちらも『枯木灘』『千年の愉楽』などの名著を残している。文学賞落選という結果が生んだ奇跡かもしれない。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.22 江戸川乱歩賞、女流新人賞、群像新人文学賞
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