10.17更新 VOL.34 坊ちゃん文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、ほか 文芸公募百年史


今回は前回に引き続き、昭和63年(1988年)年に創設された文学賞のうち、翌平成元年に応募を締め切った三つの文学賞を紹介する。
市制100周年を記念して自治体文学賞誕生
文学賞の主催者と言えば、大半は新聞社か出版社だった。そこに地方自治体主催の文学賞が出てきたから、最初はなぜ?と思わないでもなかった。
きっかけは、市制施行100周年だった。
平成の大合併(2000年前後)はまだ記憶に新しいところだが、その前に昭和の大合併、さらに明治の大合併があり、明治の大合併では明治22年(1889年)に39(4/1時点では31)の市が生まれたが、その100年後の平成元年(1989年)、これらの市が一斉に市制施行100周年を迎え、さまざまな記念事業を行った。
当時の公募ガイドを見ると、「神戸市制100周年記念 懸賞論文募集」「鹿児島市制100周年記念 21世紀への提言募集」などがあり、それらと並び、「松山市制100周年記念 坊ちゃん文学賞」「堺市制100周年記念 自由都市文学賞」がある。
自治体文学賞はなぜ始まったか。もっとも大きな理由は昭和63年(1988年)~平成元年(1989年)にかけてふるさと創生資金として全国の市町村に1億円が交付されたこと。これにより各市町村では地域活性化対策として特産品を開発したり巨大看板を作ったり金塊を展示したりしたが、松山市は同市が夏目漱石『坊ちゃん』の舞台であること、正岡子規の出身地であることから、市の文化的イメージの向上を狙って文学賞を立ち上げたのだ。
これがものの見事に当たり、全国に波及した。「文化事業か、いいね。郷土に誇りが持てるし、地域のピーアールにもなる」と多くの自治体が追従し、その後は雨後の筍のように自治体文学賞が創設される。坊ちゃん文学賞はそのさきがけだったわけだ。
坊ちゃん文学賞、第7回のときに瀬尾まいこ発掘
坊ちゃん文学賞は、昭和63年(1988年)の7月、締切の1年前に募集を開始し、新聞、雑誌に大々的に広告を出稿した。これは第2回以降も継続され、募集に1年、発表に1年かけ、隔年開催で公募された。募集したのは、夏目漱石の『坊ちゃん』にちなみ、青春小説だった。
規定枚数は、第16回(2019年)から4000字以内のショートショートになるが、当初は80枚前後という短編の文学賞で、自治体発ながら、200万円という高額賞金と、椎名誠を審査委員長に、直木賞作家の景山民夫、高橋源一郎、中沢新一、早坂暁という著名な選考委員5氏を掲げ、並みの地方文芸でないことをアピールした。
歴代受賞者を見てみよう。
第2回(1991年)中脇初枝「魚のように」
第7回(2001年)瀬尾まいこ「卵の緒」
第9回(2003年)大沼紀子「ゆくとし くるとし」
中脇初枝は受賞当時17歳で、たまたま募集を見かけて応募したら受賞し、受賞作がテレビドラマ化までされたシンデレラガール。大学卒業後も執筆を続け、坪田譲治文学賞を受賞し、山本周五郎賞、山田風太郎賞でも候補になっている。
瀬尾まいこは坊ちゃん文学賞受賞後も国語教諭の傍ら執筆を続け、吉川英治文学新人賞、坪田譲治文学賞受賞を経て、2019年に『そして、バトンは渡された』で第16回本屋大賞を受賞する。
大沼紀子はシナリオ・センター出身の脚本家。シナリオと並行して小説を執筆し、坊ちゃん文学賞受賞後は『真夜中のパン屋さん』シリーズがブレイク。ドラマ化もされている。
坊ちゃん文学賞は、選外者にものちの作家が
坊ちゃん文学賞には、最終候補までいったが受賞しなかった人の中に、のちに中央の賞で受賞している応募者が何人かいる。
第11回(2009年)候補 岡本学「僕が無駄にしてきた静かな時間」
第11回(2009年)候補 小林由香「アンリアル」
第11回(2009年)候補 島崎ひろ「卒業旅行」
第13回(2013年)候補 額賀澪「白線ダイヤモンド」
なぜ第11回にこんなにも実力ある人が揃い、かつ落選したのかは謎だが、各人の受賞歴をさらってみよう。
岡本学は、2012年に群像新人文学賞を「架空列車」で受賞。2020年には芥川賞の候補にもなっている。純文系だ。
小林由香は脚本家。2011年に小説推理新人賞を「ジャッジメント」で受賞。湊かなえさんと同じルートをたどっている。
島崎ひろは、坊ちゃん文学賞に応募する2年前の2007年に、「飛べないシーソー」でオール讀物新人賞を受賞している。中央の賞を獲り直すのはよくあるが、逆は珍しい。
第13回のときに候補までいった額賀澪は、この2年後の2015年に、松本清張賞(受賞作は「ウインドノーツ」)と小学館文庫小説賞(受賞作は「ヒトリコ」)をWで受賞し、プロデビューを果たしている。日大芸術学部時代にも舟橋聖一顕彰青年文学賞を受賞しているが、デビューできずに広告代理店に勤務。25歳でデビューした。
自由都市文学賞、第1回応募数は95編
自由都市文学賞は、規定枚数50枚~100枚程度。賞金は130万円と半端な額だったが、内訳は入賞の副賞が100万円と読売新聞大阪本社賞が30万円だった。選考委員は、直木賞作家の藤本義一、芥川賞作家の田辺聖子、SF作家の眉村卓と、関西出身の人気作家3名を揃えた。
応募は多くなく、第1回は95編。後援に読売新聞大阪本社が入っているので読売新聞では告知されたと思うが、同時期に創設された坊ちゃん文学賞に応募者が流れてしまったもしれない。ただ、にしても少ない。第1回坊ちゃん文学賞の応募数が1386編だからおよそ15分の1だ。しかし、第2回以降は広告宣伝に力を入れたか、あるいは自治体文学賞人気のあと押しがあったか、最終回となる第22回のときは350編と過去最高の応募数を記録している。
歴代受賞者を見ると、プロデビューしている人が二人いた。
第5回(1993年)三咲光郎「大正暮色」
第21回(2009年)松田幸緒「最後のともだち」(佳作)
三咲光郎は、その後、オール讀物新人賞、松本清張賞、仙台短編文学賞も受賞している。松本清張賞を受賞した時点ですでにプロと言っていいが、別名義で地方文芸に応募するとは根っからの投稿マニアなのかもしれない。
松田幸緒は自由都市文学賞受賞後、北区内田康夫ミステリー文学賞とオール讀物新人賞を受賞している。
自由都市文学賞には中央の版元とのパイプがないため、二人とも受賞後に中央の賞を獲り直している。ならば地方文芸を受賞したのは無駄だったのかとなるが、そうでもなく、やはり受賞は自信とモチベーションにつながり、力試しでも受賞して弾みがつくと思えば価値がある。賞金も魅力だ。
本邦初! ファンタジーの文学賞誕生
昭和63年に募集を始めた文学賞のトリを飾るのは、日本ファンタジーノベル大賞だ。主催は読売新聞社と三井不動産販売。新潮社と日本テレビが後援に入り、賞金は大賞500万円、優秀賞250万円。選考委員は荒俣宏、安野光雄、矢川澄子、井上ひさし、高橋源一郎の5氏だった。
当時、ファンタジーという言葉は浸透しておらず、児童文学の一ジャンルだと思われていた。応募要項にも「『ガリヴァー旅行記』や『宝島』、『銀河鉄道の夜』や『モモ』のような夢と冒険とスリルに満ちあふれ、読者に強い感銘を与えるもの」と書かれていた。これは誰だって少年少女小説をイメージするし、実際、主催者側も作例に挙げたような小説を期待していただろう。
ところが、応募数835編の中から選ばれたのは、酒見賢一「後宮小説」だった。後宮とは江戸幕府でいう大奥のことで、舞台が後宮だから男女の房中術もでてきて、選考会では「これってファンタジーなの?」と議論になったそうだ。しかし、ファンタジーの定義が曖昧だったことから、「これがファンタジーだってことにしちゃえばいいんじゃないの」ということになり、晴れて受賞が決まった。荒俣宏、井上ひさし、高橋源一郎……このメンバーの決定では誰も文句が言えないよね。
第2回以降の歴代受賞者を見てみよう。
第2回(1990年) 優秀賞 鈴木光司「楽園」
第3回(1991年) 佐藤亜紀「バルタザールの遍歴」
第11回(1999年) 宇月原晴明「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」
第13回(2001年) 優秀賞 畠中恵「しゃばけ」
第15回(2003年) 森見登美彦「太陽の塔/ピレネーの城」
第17回(2005年) 西條奈加「金春屋ゴメス」
第25回(2013年) 古谷田奈月「今年の贈り物」
この中で誰でも知っているのは、『リング』の鈴木光司、「しゃばけ」シリーズの畠中恵、最近では出身の日本ファンタジーノベル大賞のほか、小説野性時代新人賞の選考委員もしている人気作家、森見登美彦、『心淋し川』で直木賞を受賞した西條奈加の4人だろう。
佐藤亜紀はデビュー後、吉川英治文学新人賞、読売文学賞も受賞しているもはやベテラン。宇月原晴明は三田文学新人賞を受賞後、日本ファンタジーノベル大賞で再デビューし、山本周五郎賞も受賞している。古谷田奈月は純文学畑で活躍し、三島由紀夫賞を受賞、芥川賞の候補にもなっている。
求められるのはファンタジーなのか
日本ファンタジーノベル大賞のすごいところは、最終選考で落ちた人の中にもすごい人がごろごろいること。坊ちゃん文学賞もそうだったが、話題の文学賞にはみんな心惹かれるのだ。
第3回(1991年) 候補 恩田陸「六番目の小夜子」
第5回(1993年) 候補 小野不由美「東亰異聞」
恩田陸と小野不由美が落選だったなんて! しかも、「六番目の小夜子」と「東亰異聞」はその後、出版もされているし。この二人の受賞を阻んだのはいったい誰なのか。調べてみると、恩田陸を退けて第3回の受賞者となったのは佐藤亜紀だった。また、小野不由美が落選した第5回の受賞者は佐藤哲也だった。なんという奇縁だろう、この二人は夫婦だ。いやはや。
それはさておき、恩田陸、小野不由美以外にも、受賞できなかったものの、のちに別の賞を受賞している作家がかなりいる。
第6回(1994年) 候補 高野史緒 2012年に江戸川乱歩賞受賞
第7回(1995年) 候補 上野哲也 1999年に小説現代新人賞受賞
第8回(1996年) 候補 浅暮三文 1998年にメフィスト賞受賞
候補 八本正幸 応募の12年前に小説新潮新人賞受賞
第22回(2010年) 候補 神護かずみ 2019年に江戸川乱歩賞受賞
第30回(2021年) 候補 堀井拓馬 応募の11年前に日本ホラー大賞を受賞
レベルが高い文学賞だけに、受賞を逃した応募者が別の文学賞を受賞したり、逆にすでにプロデビューしている作家が再デビューを狙って応募してきている。ほかのファンタジー小説とは一線を画している感じだ。
日本ファンタジーノベル大賞が誕生して以降、ファンタジーというジャンルは急速に広まり、特にライトノベルの世界では中世ヨーロッパのような異世界を舞台に、魔法使いやドラゴンが出てくる小説という印象が強まったが、現在の日本ファンタジーノベル大賞はどうなのだろう。
応募要項には「応募作には深い懐を用意しながらも、最終候補作のレベルの高さに各選考委員を唸らせ、気鋭の受賞者を世に送り出している」とある。「深い懐」とは他の文学賞なら落とされるような異色の作品も受け入れるという意味だろう。ただし、単に変わっているだけではなく、文学であることが前提と言っているように思える。
やはり、ライトノベルのファンタジーとはだいぶ違うような気がする。他の文学賞でもそうだが、タイトルの印象に引っ張られず、過去の受賞作を読んでざっくりとした傾向はつかんでおきたい。それは題材や手法、ジャンルを模倣しろということではなく、主催者や選考委員が全く求めていないもので応募してしまわないためという意味だ。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.34 坊ちゃん文学賞、日本ファンタジーノベル大賞、ほか
VOL.33 小説すばる新人賞、フェミナ賞、ほか
VOL.32 ウィングス小説大賞、パレットノベル大賞、ほか
VOL.31 早稲田文学新人賞、講談社一〇〇〇万円長編小説、ほか
VOL.30 潮賞、コバルト・ノベル大賞、サンリオ・ロマン大賞
VOL.29 海燕新人文学賞、サントリーミステリー大賞、ほか
VOL.28 星新一ショートショート・コンテスト、ほか
VOL.27 集英社1000万円懸賞、ほか
VOL.26 すばる文学賞、ほか、
VOL.25 小説新潮新人賞、ほか、
VOL.24 文藝賞、新潮新人賞、太宰治賞
VOL.23 オール讀物新人賞、小説現代新人賞
VOL.22 江戸川乱歩賞、女流新人賞、群像新人文学賞
VOL.21 中央公論新人賞
VOL.20 文學界新人賞
VOL.19 同人雑誌賞、学生小説コンクール
VOL.18 講談倶楽部賞、オール新人杯
VOL.17 続「サンデー毎日」懸賞小説
VOL.16 「宝石」懸賞小説
VOL.15 「夏目漱石賞」「人間新人小説」
VOL.14 「文藝」「中央公論」「文学報告会」
VOL.13 「改造」懸賞創作
VOL.12 「サンデー毎日」大衆文芸
VOL.11 「文藝春秋」懸賞小説
VOL.10 「時事新報」懸賞短編小説
VOL.09 「新青年」懸賞探偵小説
VOL.08 大朝創刊40周年記念文芸(大正年間の朝日新聞の懸賞小説)
VOL.07 「帝国文学」「太陽」「文章世界」の懸賞小説
VOL.06 「萬朝報」懸賞小説
VOL.05 「文章倶楽部」懸賞小説
VOL.04 「新小説」懸賞小説
VOL.03 大朝1万号記念文芸
VOL.02 大阪朝日創刊25周年記念懸賞長編小説
VOL.01 歴史小説歴史脚本