4.18更新 VOL.23 オール讀物新人賞、小説現代新人賞 文芸公募百年史


今回は、昭和27年にオール新人杯の名称で創設され、昭和35年にオール讀物新人賞に改称した同賞と、翌昭和38年に創設された小説現代新人賞について紹介する。
オール讀物新人賞は藤沢周平を、ここから独立したオール讀物推理小説新人賞は宮部みゆきを、小説現代新人賞は五木寛之を発掘する。
オール讀物新人賞から藤沢周平がデビュー
昭和30年代後半といえば池田勇人内閣が成立し、国民所得倍増計画が推進された時代だ。日本は経済的に大国になっていくが、同時に文学のほうも活況となる。
オール讀物新人賞は、オール新人杯の名称で創設されたが、昭和35年(1960年)の第17回からオール讀物新人賞と改称する。
オール讀物新人賞は歴史が長いだけに、いくつかの大きなトピックがあるが、まず、昭和37年(1962年)にオール讀物推理小説新人賞が創設される。創設というより、推理小説を分けた感じだ。その後、第88回の2008年にオール讀物新人賞とオール讀物推理小説新人賞は統合され、さらに第101回の2021年からは歴史時代小説専門のオール讀物歴史時代小説新人賞になり、現在に至っている。
募集サイクルは賞創設当時は年2回だったが、第66回(1986年)以降は年1回となっている。
オール讀物新人賞は有名作家を多数発掘している。主だったところを挙げると……。
第40回(1972年)難波利三「地虫」
第51回(1977年)小松重男「年季奉公」
第55回(1979年)佐々木譲「鉄騎兵、跳んだ」
第75回(1995年)宇江佐真理「幻の声」
第77回(1997年)山本一力「蒼龍」
第82回(2002年)桜木紫乃「雪虫」
第86回(2006年)乾ルカ「夏光」
第87回(2007年)奥山景布子「平家蟹異聞」
第88回(2008年)坂井希久子「虫のいどころ」
柚木麻子「フォーゲットミー、ノットブルー」
第92回(2012年)木下昌輝「宇喜多の捨て嫁」
しかし、オール讀物新人賞といえば、この人だろう。
第38回(昭和46年)藤沢周平「
藤沢周平さんは、公募ガイドに出たとき、こんなふうに修行時代を振り返っている。
その点懸賞小説の方は気が楽だった。土曜、日曜に少しずつ書きためた原稿を、規定の八十枚以内にまとめて一年に一回ぐらい応募する分には、時間に縛られるわけでもなく、それでいて、いつ芽が吹くというあてはなくとも、休日に机にむかって原稿用紙をひろげていると、いくらかは作家気分も味わえた。(中略)
私は会社で額に汗して働き、そこからもらう給料で妻子と老母を養っていた。平凡だが、それが堅気の暮らしというものだと思っていた。たしかに小説も書きたかったが、そういう生活の方がもっと大事だった。(中略)
私は小説を書くことが勤めに影響をおよぼさないように、両者の間にきびしくけじめをつけていた。(中略)
ある年に書いた小説は、いつもと違っていた。それまで書けなかったような文章が書けただけでなく、書いている物語の世界が手に取るように見えた。その小説開眼のようなものは突然にやって来たけれども、ずっと書きつづけていなかったら訪れなかったものだろう。送稿するときにふと胸が騒いだが、「溟い海」というその小説は、予感どおりその期のオール読物新人賞に入選した。
藤沢周平(公募ガイド1990年6月号掲載)
藤沢先生にも一投稿者時代があり、生活が第一、小説はあくまでも趣味だったが、それがある日、開眼したという。いや、なんだろうな、この文章は沁みるな。
宮部みゆきを発掘したオール讀物推理小説新人賞
もう一つのオール讀物推理小説新人賞も、全46回の歴史の中で錚々たるメンバーを発掘している。以下、主だったところを挙げると……。
第2回(1963年) 西村京太郎「歪んだ朝」
第15回(1976年)赤川次郎「幽霊列車」
第19回(1980年)逢坂剛「屠殺者よグラナダに死ね」
第26回(1987年)宮部みゆき「我らが隣人の犯罪」
第36回(1997年)石田衣良「池袋ウエストゲートパーク」
第41回(2002年)朱川湊人「フクロウ男」
第42回(2003年)門井慶喜「キッドナッパーズ」
西村京太郎さんの投稿時代は、昭和31年に単発で公募された〈「書下し長篇探偵小説全集」十三番目の椅子〉から始まり、同賞で「三〇一号車」が候補作になっている(受賞作は鮎川哲也「黒いトランク」)。〉
その後、昭和33年、34年と講談倶楽部賞に2年連続で候補作となり、昭和35年には江戸川乱歩賞と読売短編小説賞(月例の掌編の賞)で候補になっている。
昭和36年には宝石賞で候補、昭和37年には双葉新人賞(双葉社が「読切傑作集」で公募)に二席入選をしているが、この6年、ずっといいところまではいくが、あと何か足りないという苦しい状況だったようだ。それが昭和38年のオール讀物推理小説新人賞受賞で弾みがつき、昭和40年には『天使の傷痕』で第11回江戸川乱歩賞を受賞している。
文学賞を二つ受賞するという意味では、昭和63年(1987年)にオール讀物新人賞を受賞した宮部みゆきさんは、2年後の平成元年(1989年)には「魔術はささやく」で日本推理サスペンス大賞を受賞している。
「オール」は短編の賞ということもあり、受賞作と同等のレベルの短編を六、七編書かないと単行本デビューにならないが、宮部さんはその間に再デビューを果たしたという形だろう。
逆に石田衣良さんと朱川湊人さんは、デビュー後、爆速で秀作を書いている。翌年には単行本デビューを果たし、石田さんは受賞から6年、朱川さんは3年で直木賞を受賞している。
ちなみに公募ガイドで「600字シナリオ」の連載をし、連載終了後も公募スクールでも小説講座の講師をお願いしている柏田道夫先生は、第34回(1995年)のときに「二万三千日の幽霊」で同賞を受賞している。
小説現代新人賞といえば、五木寛之でしょ
昭和37年(1962年)11月に、一時代を築いた「講談倶楽部」が廃刊。翌月、中間小説誌として「小説現代」が創刊され、創刊と同時に新人賞を創設、昭和38年には第1回の受賞作を選んでいる(受賞作は中山あい子「優しい女」)。
小説現代新人賞は、400字詰原稿用紙40~80枚の短編の賞だった。今、プロの登竜門と言われる文学賞で短編賞は少ないが、昔は短編が普通だった。選考委員は、有馬頼義、石原慎太郎、源氏鶏太、柴田錬三郎、松本清張の5氏。募集サイクルは年2回で、第1回の応募数は841編だった。
賞創設当時は流行作家をバンバン出しているという感じでもないが、昭和の後期からは人気作家を多数発掘している。主な受賞者を挙げると……。
第21回(1973年)南原幹雄「女絵地獄」
第22回(1974年)勝目梓「寝台の方舟」
第27回(1976年)志茂田景樹「やっとこ探偵」
第29回(1977年)佳作 橋本治「桃尻娘(ピンクヒップガール)」
第36回(1981年)喜多嶋隆「マルガリータを飲むには早すぎる」
第64回(1996年)岩井三四二「一所懸命」
第66回(1998年)岡田孝進(金城一紀)「レヴォリューションNo.3」
第68年(2000年)犬飼六岐「筋違い半介」
第72回(2004年)朝倉かすみ「肝、焼ける」
ちなみに、候補になりながら落選した人の中に、伊集院静(1979年)、逢坂剛(1980年)、宮部みゆき(1986年)、高嶋哲夫(1993年)がいる。
逢坂剛さんは1980年に小説現代新人賞とオール讀物新人賞で最終選考まで残り、「小説現代」は落選、「オール」は受賞だった。
宮部みゆきさんは1986年に「小説現代」で落選、翌1987年に「オール」を受賞する。
高嶋哲夫さんは小説現代新人賞では落選するが、翌1994年、小説現代推理新人賞(1994~1998年開催)を受賞し、1999年にはサントリーミステリー大賞を受賞している。
主催者としては二股かけないでと言いたいところだと思うが、あちこち挑戦したくなるのが応募者の性というもの。余談ながら高嶋哲夫さんは1990年に、力試しということだったのか、地方文芸の北日本文学賞に応募し、受賞している。
さて、最後にトリに登場してもらおう。小説現代新人賞といって、この方を書かないわけにはいかない。
第6回(1966年)に「さらば、モスクワ愚連隊」で受賞する五木寛之だ。
どの賞にも「〇〇賞と言えば〇〇氏」という出世頭がいるが、小説現代新人賞の場合、五木寛之氏においてほかにいないのではないだろうか。
受賞作『さらば、モスクワ愚連隊』は直木賞候補となるも受賞は逃すが、翌年、『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞を受賞する。その後は小説、エッセイとも売れに売れ、なかでも自伝的ビルドゥングスロマン『青春の門』は記録的ベストセラーとなる。
これで昭和30年代に創設された文学賞を終わるが、最後に紹介できなかった公募を一気に洗い出してみよう。
昭和31年(1956年)、農民文学賞が創設され、現在も公募を継続している。
昭和33年(1958年)、当時あった「婦人朝日」が、「婦人朝日今日の新人」毎月募集している(1年で廃刊)。
昭和36年(1961年)、今も続くハヤカワSFコンテストが創設され、同年、民主主義文学の新日本文学賞が創設され、2004年(平成16年)まで公募されている。
このほか、昭和37年、改造社から「文藝」を引き継いだ河出書房新社が復刊を機に文藝賞を創設し、長編部門で高橋和巳「悲の器」を発掘するが、第3回で中断する。同賞について昭和41年に再開されるので、昭和40年代の回にまわす。詳細は次回で。乞うご期待。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.23 オール讀物新人賞、小説現代新人賞
VOL.22 江戸川乱歩賞、女流新人賞、群像新人文学賞
VOL.21 中央公論新人賞
VOL.20 文學界新人賞
VOL.19 同人雑誌賞、学生小説コンクール
VOL.18 講談倶楽部賞、オール新人杯
VOL.17 続「サンデー毎日」懸賞小説
VOL.16 「宝石」懸賞小説
VOL.15 「夏目漱石賞」「人間新人小説」
VOL.14 「文藝」「中央公論」「文学報告会」
VOL.13 「改造」懸賞創作
VOL.12 「サンデー毎日」大衆文芸
VOL.11 「文藝春秋」懸賞小説
VOL.10 「時事新報」懸賞短編小説
VOL.09 「新青年」懸賞探偵小説
VOL.08 大朝創刊40周年記念文芸(大正年間の朝日新聞の懸賞小説)
VOL.07 「帝国文学」「太陽」「文章世界」の懸賞小説
VOL.06 「萬朝報」懸賞小説
VOL.05 「文章倶楽部」懸賞小説
VOL.04 「新小説」懸賞小説
VOL.03 大朝1万号記念文芸
VOL.02 大阪朝日創刊25周年記念懸賞長編小説
VOL.01 歴史小説歴史脚本