5.2更新 VOL.24 文藝賞、新潮新人賞、太宰治賞 文芸公募百年史


今回は、昭和37年に創設されるが一時中断となり、昭和41年に再開される文藝賞と、昭和43年に同人雑誌賞の性格を受け継いで創設された新潮新人賞、プラス太宰治賞ほかを紹介する。
文藝賞は山田詠美、綿矢りさを、新潮新人賞は中村文則、田中慎弥を、太宰治賞は津村記久子、今村夏子を発掘する純文学系新人賞だ。
山田詠美で弾みがつき、綿矢りさで大ブレイク
今年発表になった第172回(2024年度下半期)芥川賞を『DTOPIA』で受賞した安堂ホセさんは、文藝賞の出身者(受賞作は「ジャクソンひとり」)。
同様に、過去10年の文藝賞受賞者でその後に芥川賞を受賞した作家を探すと、宇佐見りんさん(受賞作は「かか」)、遠野遥さん(受賞作は「改良」)、若竹千佐子さん(『おらおらでひとりいぐも』でW受賞)、町屋良平さん(受賞作は「青が破れる」)がいる。10年で5人輩出は驚異的と言っていい。
「文藝」という文芸誌は戦前に改造社が発行していたが、昭和19年(1944年)に河出書房が版権を買い取り、昭和36年には文藝賞を創設している。第1回でいきなり高橋和巳(受賞作は「悲の器」)を発掘したが、この頃は経営が安定せず、第3回(昭和39年)で一時中断となり、昭和41年に復活するが、昭和43年に会社が経営破綻して二度目の倒産をし、この年は受賞者を出せていない。
同年、経営はすぐに再開され、文藝賞は大江健三郎を発掘した学生小説コンクールと河出長編小説賞を統合し、新たな文学賞として再スタートする(回数は継承され、第6回からスタート)。このとき、小説部門には長編部門と中・短編部門があったが、この区別がなくなり、また、第2回のときに佳作第一席に藤本義一を輩出した戯曲部門は廃止された。
その後は順調にいったと書きたいところだが、再スタートして最初の第6回(1969年)の受賞者が辞退し、第7回以降も話題の新人をバンバン出すとまではいっていない。
この流れを大きく変えたのが、再スタートから11年後、第17回(1980年)の田中康夫『なんとなく、クリスタル』だろう。文学的評価はよくわからないが、ファッションカタログのような注釈付きの小説は今までになく、タレント化した田中康夫という存在もあいまって話題となった。ちなみに同時受賞の中平まみ『ストレイ・シープ』は王道の青春小説だった。
これで弾みがついたのか、第18回(1981年)には堀田あけみが『アイコ十六歳』で受賞し、第22回(1985年)には山田詠美が『ベッドタイムアイズ』で華々しくデビューする。
このあたりから順調に有為な新人が登場し、久間十義(佳作)、長野まゆみ、伊藤たかみ、鹿島田真希(純文学三冠)ときて、2000年代に入ると、綿矢りさ、中村航、羽田圭介、山崎ナオコーラ、青山七恵、磯崎憲一郎、大森兄弟らがデビューし、活躍する。
よく「文藝賞の受賞者は若い」と言う。若竹千佐子さんのように63歳で受賞する人もいるが、伊藤たかみ、鹿島田真希、青山七恵は大学在学中に受賞し、綿矢りさ、羽田圭介に至っては17歳、高校生でデビューしている。となると、やはり若いという印象を持つが、ただ、これは文藝賞に限ったことではなく、純文学系文学賞の受賞者は概して若い。若竹さんの例が異例だったとも言える。
ごりごりの純文学、新潮新人賞
昭和43年、文芸誌「新潮」を母体に、新潮新人賞が創設される。そんなに後発だったっけと思うのは、「新潮」自体は明治37年創刊であることと、昭和29年にすでに同人雑誌賞を創設していたからだろう。
新潮新人賞は同人雑誌賞の性格を受け継いで創設された新人文学賞で、今は「同人誌に発表した作品は不可」なのだが、賞創設当時は「未発表原稿、または一年以内に同人誌で発表された作品」が対象だった。
新潮新人賞は、第1回(1969年)受賞者に北原亞以子『ママは知らなかったのよ』を選出し、氏はのちに直木賞を受賞する。他の文学賞では純文学でキャリアをスタートさせたのちにエンタメ小説を手掛け、この方面で大成して直木賞を受賞する作家もいるが、新潮新人賞では北原亞以子以外はほとんど例がなく、受賞者はいずれもごりごりの純文学作家という感じ。純文学の王道中の王道だ。
それはのちに芥川賞も受賞する作家がごろごろいることからも見てとれる。その数、なんと11名。
第4回 (1972年)山本道子「魔法」 芥川賞受賞作は「ベティさんの庭」
第8回 (1976年)笠原淳「ウォークライ」 芥川賞受賞作は「杢二の世界」
第9回 (1977年)高城修三「榧の木祭り」 芥川賞受賞作も「榧の木祭り」
第14回(1982年)加藤幸子「野餓鬼のいた村」 芥川賞受賞作は「夢の壁」
第17回(1985年)米谷ふみ子「過越しの祭」 芥川賞受賞作は「ベティさんの庭」
第34回(2002年)中村文則「銃」 芥川賞受賞作は「土の中の子供」
第37回(2005年)田中慎弥「冷たい水の羊」 芥川賞受賞作は「共喰い」
第42回(2010年)小山田浩子「工場」 芥川賞受賞作は「穴」
第43回(2011年)滝口悠生「楽器」 芥川賞受賞作は「死んでいない者」
第45回(2013年)上田岳弘「太陽」 芥川賞受賞作は「ニムロッド」
第46回(2014年)高橋弘希「指の骨」 芥川賞受賞作は「送り火」
いや、改めて多いなと思う。特に2010年代の新潮新人賞受賞者は話題作、人気作家がずらりと並び、壮観ですらある。
ここで文学賞を離れるが、やはり「新潮」と言えば、平野啓一郎さんを出さないわけにはいかない。平野さんは京大在学中に『日蝕』を書き、これを「新潮」に投稿した。そうしたのは「新潮」の編集長さんが対談で語っていたことに共感したからだと言う。20世紀末はポストモダンが行きつくところまで行って袋小路にはまっていた時代であり、その作風しか評価されないのであれば応募はせず、直接、編集長さんに読んでもらおうという意図だったそうだ。
ポストモダンは名作も多いが、エンタメ性が薄くてつらい。その点、平野啓一郎さんの小説はエンタメ性を表層に、中核に純文学があり、深層に哲学があるという三層構造だから、娯楽小説としても読めるし、考えさせられる小説でもある。ここに文学としての小説の未来があるような気がする。
昭和40年代は地方の文芸振興も進む
最後に、昭和40年代に創設された賞をラッシュで見ていこう。
創設が早い順で言うと、昭和40年(1965年)、「展望」の復刊を機に、ゆかりの深かった太宰治の名を冠して太宰治賞が創設されている。
第14回までの受賞者を見ると、第2回吉村昭「星への旅」、第9回宮尾登美子「櫂」、第13回宮本輝「泥の河」と短い期間に有名作家を三人も発掘している。
第14回の募集途中で主催の筑摩書房が倒産し、長らく中断するが、平成10年(1998年)、太宰治没後50周年を記念し、筑摩書房・三鷹市共催で復活する。およそ20年の時を経た再開だった。
復活後は、第21回(2005年)のときに津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』を、第26回(2010年)のときに今村夏子『こちらあみ子』と二人の芥川賞作家を見出している。忘れた頃にときどき大物がぼんと出るといった感じだろうか。
昭和40年代は中央の文学賞が充実するとともに、地方の文芸振興も進み、昭和41年(1966年)には関西文学賞が創設されている。主催は関西文学会で、月刊誌「関西文学」を母体に、新人発掘を行った。小説、文芸評論、詩、随筆・エッセイの4部門で募集し、賞金は小説、文芸評論が10万円、詩、随筆・エッセイ部門が5万円だった。
昭和42年には、北日本文学賞が始まっている。地方文芸のはしりと言ってよく、原稿枚数30枚、賞金100万円で、テーマは自由という募集内容が受けて、現在も実施されている(第60回を募集中)。予選は北日本新聞の文化部ほかが行うが、本選の選考委員は一人で、第1回と第2回が丹羽文雄、第3回から第25回が井上靖、第26回から現在までは宮本輝さんが行っている。
北日本文学賞の詳細はこちら!
昭和45年には、九州芸術祭文学賞が創設されている。九州・沖縄地方の新人発掘を目的に実施されていた文学賞だが、選考委員は森敦、五木寛之、秋山駿、原田種夫のほか、文學界編集長も加わっていたから、中央とのパイプがあったのかもしれない。受賞者に
ちょっと時代を遡り、昭和30年代になるが、青森の東奥日報が十枚小説という短編の小説賞を創設している。青森県在住者を対象に年4回募集し、昭和60年ぐらいまで実施していた。
また、神奈川県川崎市にはかわさき文学賞があった。川崎市在住者が対象の小規模の文学賞だったが、選考委員は芥川賞作家の八木義徳が務め、昭和の終わりぐらいまで実施されていた。
この時代は高度経済成長を背景にこうした文芸公募が多数生まれるのだが、昭和40年代はまだほんの萌芽に過ぎない。昭和50年代になると、テレビ局、地方自治体も参入して乱立とも言われるが、これについては次回以降に譲ることとしよう。
文芸公募百年史バックナンバー
VOL.24 文藝賞、新潮新人賞、太宰治賞
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VOL.22 江戸川乱歩賞、女流新人賞、群像新人文学賞
VOL.21 中央公論新人賞
VOL.20 文學界新人賞
VOL.19 同人雑誌賞、学生小説コンクール
VOL.18 講談倶楽部賞、オール新人杯
VOL.17 続「サンデー毎日」懸賞小説
VOL.16 「宝石」懸賞小説
VOL.15 「夏目漱石賞」「人間新人小説」
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VOL.11 「文藝春秋」懸賞小説
VOL.10 「時事新報」懸賞短編小説
VOL.09 「新青年」懸賞探偵小説
VOL.08 大朝創刊40周年記念文芸(大正年間の朝日新聞の懸賞小説)
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